Dr. Shafi Bhuiyan(シャフィ・ブイヤン)
MBBS, MPH, MBA, FRSPH, PhD
ダッカ医科大学卒業、大阪大学国際協力論博士課程修了。トロント大学 Dalla Lana School of Public Healthとライアソン大学 The Chang School of Continuing Educationにて教鞭を執る傍らCanadian Coalition for Global Health Researchの議長も務める。現在カナダで母子手帳のシステムを応用すべく活動中。
乳幼児死亡率・妊産婦死亡率ともに世界最低レベルを誇る日本
全国連加盟国と23の国際機関の国際社会共通の目標として2000年にミレニアム開発目標(MDGs)がまとめられました。達成されれば2015年までに数百万人の子供たちの生活が向上するとされる8つの目標が設定され(図1)、その中には5歳未満児の死亡率を3分の4、妊産婦死亡率を4分の3に減少させることも掲げられました。
2015年に発表された成果は5歳未満児の死亡率が53%の減少、妊産婦死亡率が45%の減少と、死亡率削減には成功したものの目標値の達成はできませんでした。しかしながらMDGsは多くの問題を解決し生活を改善する原動力になったと言われており、MDGsではカバーしきれなかった課題を解決するべく、2015年には2030年までの新たな目標となる持続可能な開発目標(SDGs)が採択されました。
国際社会の目標がSDGsに生まれ変わってもなお、乳幼児及び妊産婦の健康は改善すべき課題として含まれました。SDGsでは、すべての国が5歳以下死亡率を2.5%まで減らし、妊産婦死亡率を0・07%以下まで減らすことに目標が更新され変わりました。すべての国の新生児死亡率(※)を1.2%以下にすることと5歳時未満児の予防可能な死亡を根絶することも目標として加えられています。
日本は乳幼児死亡率妊産婦死亡率ともに世界最低レベルであり、2012年には乳幼児死亡率が0.4%と世界で最も低い国となりました。もちろん充実した医療体制や生活環境 は死亡率の減少に大きく関わりますが、先進国の中でも死亡率が低く抑えられている要因として母子健康手帳(以下、母子手帳)の存在があると言われています。
注釈:(※)新生児は生後28日以内を指す
日本の母子手帳の世界普及が推進され、現在は30カ国以上で活用
母子手帳は1948年に日本で誕生しました。当初は戦後に妊娠中や授乳中のお母さんへ優先的に牛乳や砂糖を配給するために作られましたがその後何度も改良され続け、今では妊娠出産育児に必要な情報が掲載されている他、母体と乳幼児の健康状態、子供の成長速度と平均値との比較、そしてワクチン接種などが1冊の母子手帳で管理できるようになりました。母子手帳誕生当時6・17%だった新生児死亡率は2019年に0・09%となり、2020年の5歳未満児死亡率は0・23%だったと報告されています。妊産婦死亡率も1948年から2019年の間で0・157%から0・0033%へと減少しています。こうした日本での成功例をもとに現在母子手帳の世界普及が推進され、すでに30カ国以上で母子手帳が活用されています。
世界には、教育水準や周産期のサポート体制が整っていない国がまだまだ存在します。
妊娠出産時や乳幼児の健康、予防可能な疾病などについての知識がないことが理由で亡くなる妊産婦や乳幼児は少なくありません。母子手帳はそのような発展途上の国で教示ツールとしても利用されており、実際にバングラデシュやインドネシア、タイ、ベトナム、ラオスなどでヘルスリテラシーの向上に大きく貢献したと報告されています。
ヘルスリテラシーの向上は世界の乳幼児と妊産婦の死亡率を削減し、母子の健康を守ることに繋がる
母子手帳は妊娠中から出産、新生児、乳幼児と時期を超えて母子をサポートします。母子手帳を活用することで、かかる病院や医療従事者が変わっても医療や健診のデータが共有され、一貫した母子保健サービスを受けることができます。
現在、母子手帳をカナダで普及させる活動が行われています。カナダの乳幼児死亡率は2020年で0・428%、妊産婦死亡率は2017年で0・01%と報告されています。同じ医療先進国である日本と比べるとそれぞれ約2倍と3倍の差があり、妊産婦死亡率は驚くべきことに戦後間近の日本のそれと大差がありません。カナダはすでにSDGsの目標値は達成していますが、日本の周産期保健制度を応用すればカナダでも両死亡率をまだまだ下げることが可能なのです。