第22回東京フィルメックス 『麻希のいる世界』塩田明彦監督 インタビュー

第22回東京フィルメックス 『麻希のいる世界』塩田明彦監督 インタビュー

 今年は東京国際映画祭とほぼ同時期に同エリアで、第22回東京フィルメックスが開催された。東京フィルメックスは、以前は東京国際映画祭の閉幕から少し後の時期に開催されていたが、昨年から同時期の開催となり、さらに今年は東京国際映画祭が有楽町周辺の開催となったことで、同エリアでの開催となった。

©SHIMAFILMS
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 今年の東京フィルメックスでは、『ドライブ・マイ・カー』がトロント国際映画祭で上映された濱口竜介監督の新作『偶然と想像』がオープニング作品として上映されたほか、魅力的な新作が多数上映された。そんな中から日本映画の注目作品として、新作『麻希のいる世界』が上映された塩田明彦監督にお話を伺った。

映画『麻希のいる世界』について

ー由希が麻希にあれほど執着するのは、普通では少し理解しがたく思えます。この関係に説得力を持たせるのは主役の2人にかかっているように思いますが、どのようにキャスティングされたのでしょうか。

 キャスティングというより、『さよならくちびる』のハルとレオの二人を追いかける女子高生役で出てもらった新谷ゆづみさんと日髙麻鈴さんの2人で作りたいというところから、この作品は始まりました。『さよならくちびる』の中で、2人がインタビューを受ける場面で感極まってアドリブで歌い出してしまい、それがとても良かったので本編にも使ったんです。そのとき、この2人の物語を撮れば面白くなるんじゃないかと思いました。

ー『さよならくちびる』でライブ会場に入れず外で待っていた2人でしょうか。

 そうです。その前の場面の2人がインタビューを受けたシーンで、台本にないのに歌い出してしまったんですよ。その後、コロナの影響で最初の緊急事態宣言が出て、その後の予定がすっかり飛んでしまったときに、この2人の脚本を書き始めました。そして書き上がった脚本を見てもらったら、ぜひやりましょうと言ってくださって実現しました。

ー『さよならくちびる』も『麻希のいる世界』も若い女性2人が主人公で、若い世代の共感を呼ぶ内容だと感じます。男性で還暦を迎えた塩田監督がこのような作品を撮るのは少し意外に思えるのですが、何かこだわりがあるのでしょうか。

 確かに、ある程度の年齢になったら青春映画を撮るもんじゃないと言われるところですし、『麻希のいる世界』はまだほとんど観てもらっていないので、果たして若い人に共感してもらえるのだろうかという不安はあります。でも、大学時代の女性の友人などの話で、中高生くらいの時期に女性に対して好きという感情を抱き、今ではもう結婚もしているけれど、当時好きだったその女性に対しては好きという感情を持ち続けているという話を聞くことが何度かあったんです。男性と結婚していて同性愛者ではないんだけれど、ある時期特有の女性に対する好きという感情がある。だから、女性の間でそんな感情ってあるんだなと思っていて、そういう関係を描きたかったんです。

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 『さよならくちびる』のときは、2人の関係に同性愛の要素を入れてはどうかというプロデューサーの提案があって慎重に取り入れましたが、今回の2人はそういうことではなく、おそらく異性愛者なんです。でも、同性に対して好きという強い思いも持っている。うまく伝わっているのだろうかという不安はあるのですが。

ー冒頭で、近くのベンチに座った由希を振り向き眺める麻希の横顔がとても印象的で、私は麻希へ強く執着する感情をすんなり受け入れられました。でも、この説得力を持たせるには一体どう演出したんだろうと不思議でした。演出についてはいかがですか。

 僕の現場では、どんな俳優さんもとてもいい演技をすると思っているんですよ(笑)。それは『映画術・その演出はなぜ心をつかむのか』という本に書いたいろいろな演出法をやってきたこともあるんですが、それよりも一番の理由は、俳優ができると僕が信じていることだと思っています。あまり演技経験のない俳優さんでも、できると信じている現場があれば、うまくいくものだと思います。だから、そんな現場を作るようにしています。

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ー著書の『映画術・その演出はなぜ心をつかむのか』では、俳優が良い演技をできないときはたいてい行動や動線に問題があるから、俳優が動きやすい行動や動線を作るといったことを書かれていましたが、本作でもそのようなことをされているのでしょうか。

 それはもちろん実践しています。たとえ不自然な動きでも、経験のある俳優さんなら上手く演じられますが、あまり演技経験のない若い人の場合、不自然な動きをさせることで演技がとても悪くなってしまう。だから、できるだけ現場で俳優の声を聞いて、取り入れるようにしています。俳優が途中で立ち止まる演技をする場面で、「この場面だったら向こうまで行ってしまうと思うのに」などと現場でブツブツ言っていたりするんですよ。僕に聞こえないように言っているつもりなんでしょうけど、それが僕にも聞こえていて(笑)。そんなときは、もともと自分が思い描いていたものと違っても、止まらずに向こうまで行ってもらう。そうすることで演技がとても良くなって、結果的に全体が良くなります。

ワールドプレミア上映後の質疑応答に登壇した塩田明彦監督
ワールドプレミア上映後の質疑応答に登壇した塩田明彦監督

ーもともと頭に思い描いていたものと違うものを現場で取り入れても、うまく前後はつながるものでしょうか。

 そこは大丈夫ですね。脚本の段階で頭の中にあるものが必ずしも良いとは限らなくて、カメラをこう置いたほうがいいとか、俳優にこう動いてもらったほうがいいといった現場の意見を取り入れていくほうが、後から見てみたら良かったということはよくあります。小津安二郎監督みたいに決まったスタイルで撮るという手法もあると思いますが、現場で変えていくことで良くなることは多いです。

ーデジタルで撮影している今は、フィルムで撮影していた頃よりもその場ですぐに確認できるから、より良くなると言ったことはあるのでしょうか。

 それはあまり変わりませんね。現場での演技は自分の目で見ているし、フィルムの頃もファインダーを覗かせてもらって現場で画角は確認していたので、あまり変わっていません。むしろフィルムの頃のほうが、数日後に上がってきたラッシュを見ると、思っていた以上に良かったという驚きがあることがありましたが、デジタルにはそれがあまりありませんね。

インディペンデントから商業映画までの幅広い映画制作について

ー塩田監督は、ミニシアターで上映されるようなインディペンデント映画から商業映画の大作まで、幅広く行き来している印象があります。そんな監督は珍しいように思うのですが。

 結果的にそうなったという感じです。『害虫』という映画を撮るときに予算がどうしても足りなくなって、つてを頼ってTBSに出資をお願いしたんです。そのとき、出資してもらえることになったのですが、その代わりTBSの企画で1本撮らないか、と言われました。それが『黄泉がえり』という作品です。この作品は、観ていただければわかると思いますけど、『害虫』と全然違うんですよ。よくもまあこんなに違う企画を持ってくるもんだなと思いましたが(笑)、喜んで撮らせてもらいました。

ーできるだけオリジナルの脚本で撮りたい、といった思いはないのでしょうか。

 もちろんオリジナルで撮りたいとは思いますよ。最近はオリジナルの企画が続いていますが、だいたい他人の企画を2本撮って、オリジナルを1本撮るくらいのペースでしょうか。そうして他人の企画に携わると、新しい視点が得られるんです。映画監督って、オリジナルの企画ばかりやろうとすると、すぐに枯れてしまうと思うんですよ。1人の作家から出てくるものは、少なければ3本、多くても5本から10本くらいで尽きてしまうんじゃないかな。でも他人の企画に携わることで、自分では到達できないような視点が見つかると思います。『抱きしめたい-真実の物語-』なども共同脚本で、とても上手くいったと思います。その分、作家性が薄れたと思われてしまうところはあると思いますが、映画監督として様々なジャンルの映画を撮りたいという思いもあるので、ちょうど良いと思っています。成瀬巳喜男監督やダグラス・サーク監督のように、いろんなジャンルの映画を撮れたらいいなと思いますね。

ーご自身の脚本なら最初から頭の中にイメージがあると思うのですが、他人の企画の場合はどうでしょうか。やりにくいことはないのでしょうか。

 他人の企画だと、より演出に力を入れることになるから面白いですね。自分の脚本ではないので不自然に思えるところがあっても、じゃあどう演出しようか、と考えることになります。

コロナ禍での映画制作について

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ー『麻希のいる世界』は最初の緊急事態宣言の頃に脚本を書き始めたとのお話でしたが、この作品を作るに当たってコロナ禍の影響は受けなかったのでしょうか。

 緊急事態宣言が出ている中ではありましたが、この作品を、みんながマスクをするような世界にするのは違うと思っていました。ただ、コロナ禍で生きることや命に対する思いは、この作品に通じるものがあると感じています。コロナ禍で、命を守るために街をロックダウンして、身内の葬儀にも参列できないといった状況が生まれましたが、それが本当に生きることなのか、ただ命があれば生きているといえるのか、という問題提起がありました。『麻希のいる世界』の由希が置かれた状況はまさしくそうで、重い病を抱えた彼女の命を守るため、母親はできる限り彼女の身体に負担をかけないよう大事に育てているけれども、それが彼女の経験の可能性を大きく束縛してきたようにもみえる。それで果たして生きていると言えるのか、本人は不満に思っている。そういうところは、コロナ禍の影響を受けていると言えるかもしれません。

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ー撮影に当たっての影響はなかったのでしょうか。

 もちろん、現場に大人数が集まるに当たってマスクはするし、撮影の本番以外はフェイスシールドをするなど、万全の感染対策をして臨みました。また、こんな状況下でも映画を作るんだという強い思いを持ってスタッフが集まっている士気の高い現場で、まったく問題はありませんでした。ただ、やはりマスク越しにずっと会話をするのでは伝わりにくいことも多いので、マスクなしに顔を合わせながらできればもっといい現場になっただろうなと思えてなりませんでした。

映画祭への出品に対する思いについて

塩田監督インタビュー中の様子
塩田監督インタビュー中の様子

ー世界の映画祭に出品することについては、どのようにお考えですか。また、今後はいかがでしょうか。

 1999年には『月光の囁き』という作品でトロント国際映画祭に行ったり、『風に濡れた女』(16)という日活ロマンポルノの作品ではロカルノ映画祭に行ったりと、海外の映画祭にまったく行っていないわけではないですし、チャンスがあれば積極的に参加したい。やはり出品できた作品は、海外から様々な国の言語で反応があってありがたかったですし、海外の映画祭で話題になることの影響は大きいと感じています。でも、だからと言って映画祭を前提に作ることで、自分が本当に作りたいものが作れなくなってしまうのは違うと思います。そうなってしまうと商業映画の制約と同じことになりますし。でも、またぜひ海外の映画祭に行きたいですね。

ー最後に、トロントの読者にメッセージをお願いします。

 トロントは1999年に行ったときに、とても文化的で人種も多様で、素晴らしい街だなと感じました。また行きたいなと思いながら行けていないので、またぜひ行きたいです。

塩田明彦監督プロフィール

 1961年、京都府舞鶴市生まれ。1999年に『月光の囁き』『どこまでもいこう』がロカルノ国際映画祭に出品され、高い評価を得る。『害虫』(01)がベネチア国際映画祭に出品後、ナント三大陸映画祭審査員特別賞・主演女優賞を受賞。『黄泉がえり』(03)や『どろろ』(07)で大ヒットを記録した。近作に『抱きしめたい-真実の物語-』(14)、『昼も夜も』(14)、『風に濡れた女』(17)、『さよならくちびる』(19)、著書に『映画術・その演出はなぜ心をつかむのか』がある。

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『麻希のいる世界』(英題:『World of You』)

 重い持病を抱える高校生の由希(新谷ゆづみ)が、ある日、麻希(日髙麻鈴)と運命的に出会う。悪い噂が絶えず周囲に疎まれながらも凛として自分を保つ様子の麻希の姿や、類まれなる歌声の才能に、由希が惹かれるようにして2人は行動を共にするようになるが…。

脚本・監督: 塩田明彦
出演: 新谷ゆづみ、日髙麻鈴、窪塚愛流、井浦新
製作・配給:シマフィルム株式会社
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『麻希のいる世界』 
2022年1月29日(土)より渋谷ユーロスペース、新宿武蔵野館ほかにて公開