第14回 子どもを偏見のない人に育てるには|カエデの多言語はぐくみ通信

第14回 子どもを偏見のない人に育てるには|カエデの多言語はぐくみ通信

 去年から今年にかけて「差別」という言葉をよく聞きます。ブラックライブズマターやコロナ禍でのアジア人女性への暴行に見る人種差別。今年は森喜朗氏の女性蔑視発言や、なかなか進まない選択制夫婦別姓問題があり、先日はメーガン妃が英王室内に人種差別があると発言しました。

 避けては通れない偏見や差別という人間の性質。子どもを、社会に充満する偏見や差別に惑わされない大人に育てるにはどうすればよいのでしょうか。

カナダでアジア人であること

 私はアジア人であり女性です。日本では女性差別を嫌というほど味わい、ここカナダでは、アジア人であることで、幸い暴力や暴言などの直接的な差別には遭っていませんが、はっきりとは言い切れない、ぼんやりとした差別を時折感じます。そして今後年齢を重ねると、老人というハンデが加わり、いっそう弱い立場になっていくでしょう。

 差別意識は、他者を下に置くことで優越感を持とうとする自己肯定感の低い人や、自分が差別される側の立場になった場合の理不尽や無力感を理解できない、想像力の弱い人が持ちます。悲しいかな、差別や偏見は、いとも簡単に人間を支配する魔物です。

アイオワ州での実験授業

 1968年アイオワ州で、小学3年生クラス担任のエリオット先生が、子どもに差別を体験させる実験授業を行いました。先生は、「青い目の子は優秀で、茶色い目の子はダメな子です。青い目の子は5分余計に遊んでよく、茶色い目の子は水飲み場を使ってはいけません。茶色い目の子と遊んでもいけません」と指示し、茶色い目の子どもに黒い襟の目印を付けました。

 何の根拠もない、体の特徴による差別を子どもたちは素直に受け入れます。青い目の子どもは優越的に振舞い、自分は青い目だからと特権を謳歌し、茶色い目はバカだと言います。茶色い目の子どもは無力感を感じ、だんだんと暴力的になります。時間の経過と共にそれらの行動はエスカレートしていき、クラスに分断が起きていきます。

 それまで偏見のなかった子どもが、これほどにも簡単に、何の疑いもなく、大人や社会の持つ偏見や差別を受け入れていく過程がショッキングです。

人の不幸の上に成り立つ幸せはない

 青い目や茶色い目の実験授業のように、肌の色、民族、生まれた場所、性別、年齢、LGBTQなど、本人の力ではどうにもならない理由で、差別が世界中で毎日起きています。そのような根拠のない理由で、戦争やおぞましい民族浄化さえ起きるのです。

 場所や時代、経済が変われば、昨日まで優越的な立場の人が、明日は差別される側になるかもしれません。そのような立場の逆転を恐れ、優越的な立場の人たちは、弱者の困難を見ないふりをするか、自分の特権を手放したくなくて、弱者が平等な権利を得ようとする運動を邪魔します。誰かの不幸の上に成り立つ幸せなど、幸せではあり得ないのにです。

 私がこの原稿を執筆中の現在(2021年3月)、日本では、「選択的夫婦別姓」問題に再び焦点が当たっています。夫婦同姓の制度を未だに保持しているのは先進国では日本だけです。そのため、結婚を機に96%の日本女性が夫の姓に変え、銀行口座、パスポートや免許証の書き換えの手間や、その姓でキャリアを積み上げてきたり、または祖先の歴史を感じる愛着のある姓を捨てるという不公平を一手に引き受けています。

 早稲田大学の調査では、選択的夫婦別姓に賛成する人は7割で、反対する人を上回っています。男女別では、積極的に反対する人は男性のほうが女性の3倍であったことは、既得権を手放したくない層の心理を物語っています。

思春期前に大事な教育

 自分の子どもを、偏見や差別意識を持つ大人に育てたいと思う親はいないでしょう。では、親はどうしたらよいのでしょうか。子どもは9~10歳で自分とは違う他者をはっきり意識するので、思春期までに、人と違うのは悪いことではないと教える必要があります。

 有効な方法の1つに、海外に連れ出すというものがあります。9~10歳までに子どもを海外旅行に連れ出し、言葉や人種が違っていても、自分と何ら変わりがない人たちであると体験させることはたいへん有意義です。また、幼いうちから外国語を習わせるのもよいでしょう。幼い頃から複数言語を話せるバイリンガル児は、見た目や言葉で人を区別せず、多様性に対して寛容になれる傾向があるという研究結果があります。

カナダでアジア人であること

 最も効果的な方法は、差別について小さい頃から親子で話し合うことでしょう。子どもは幼くてもたくさんの事柄を理解できます。まずは、子どもと話し合う前に、自分の心の中にある偏見と向かい合ってみましょう。私を含め、人はけっこう偏見を持っているものです。

 子どもとの話し合いは、大人にとっても気づかせてくれることがたくさんあるでしょう。わが家の子どもたちは、日加ミックスという多文化環境で育ってきたせいか、違う人種や文化だけでなく、あらゆる差別意識や偏見に対して敏感です。私が少しでも偏見のある言葉を使うと注意してくれます。

 大人になってから自分の考えを変えるのは難しい場合があります。それなら、大人社会の偏見や差別というシミが付く前に、子どもに差別をしない心と、差別を見逃さない強い意思を持たせる教育が必要でしょう。