「常に近寄りやすい存在でいること」特殊メイクアップアーティストもりみゆきさん(中編)|Hiroの部屋

ヒロさん(左)とみゆきさん(右)
ヒロさん(左)とみゆきさん(右)

ネットフリックスやアマゾンプライムなど、数多くのドラマや映画で特殊メイクアップアーティストとして活躍しているもりみゆきさん。中編では、そんな彼女の大学時代の学びと現職との繋がり、「職人」としての仕事に対する姿勢に迫っていきたい。

一見関係なさそうなことも、今の人生にリンクしている

ヒロ: 大学で学んだ宗教学や文化人類学が、特殊メイクアップアーティストとして仕事をしていて繋がっている、と先ほどおっしゃっていましたが(前編参照)、どういった点で繋がっていると思いますか。

みゆき: 例えば、文化人類学的に、他所からきた人、見た目が自分たちと異なる人、自分たちとは違う行動をとる人に、人間は警戒して、排他的な態度になる傾向があります。とりわけ、自分と同じ言語をうまく話せない人に対して、自分より劣っていると考える傾向があります。

 私の文化人類学先生はフィールドワークをしに少数部族の村に数年行っていたのですが、その先生の体験談の中で印象的だったのが「通過儀礼」の話です。完全によそ者の先生を、自分たちよりも「劣る」として、その部族の人たちは、先生にいくつか試練を与えたそうです。例えば、泳げるかどうか試すために、生活用水や家畜を飼うために使っている(私たちからすると不衛生な)沼で、泳がせてたり、自転車に乗れるかを試したり。そして、先生は、それらの試練をパスし、短期滞在するゲストではなく、一緒に生活する「仲間」と認めてもらうために、彼らと同じ生活をして、同じ物を食べて、「仲間」になっていったそうです。

 同じ物を食べることで、仲間意識が湧くという感覚を、私も2度経験しました。1度目はロサンゼルスでエチオピアの映画を撮影した時です。キャスト&クルーの9割以上がエチオピア人で、毎回ランチはエチオピア料理でした。インジェラというパンが独特で、酸味が強く、正直好き嫌いが分かれる味なので、周りのみんなが「苦手だったら、普通にパンもあるよ」と言ってくれたのですが、食べてみたら美味しい。もちろん毎日みんなと同じ物を食べて、一気に距離が近づきました。

 2度目は、映画の撮影で、ジンバブエに6週間ほど滞在した時です。ランチは基本的にジンバブエ料理で、彼らの主食のサザとチキンのシチューのワンプレート料理なんですが、とうもろこしをマッシュポテト状にしたものが熱々で出てきました。カナダから一緒に行った他のメンバーは、スプーンを使っていたんですが、私は現地の人たちと同じようになんとか手で食べたくて苦戦していたら、みんながそれぞれの熱々回避の食べ方を見せてくれて、それを機会に会話するようになったり、隣に座って食べるようになりました。

 「外国人が美味しそうに納豆を食べてたら親近感が湧く」感覚に近いかもしれません。ポイントは、同じ物を美味しく食べること。イヤイヤ食べると、逆効果かもしれません。

“Chinhoyi Seven” in Zimbabwe
“Chinhoyi Seven” in Zimbabwe

ヒロ: 行動の詳細までも真似したことで仲間として歓迎されたんですね。是非、これから海外に旅立つ人たちに知ってほしい話です。

 

映画業界での私の仕事は職人

ヒロ: みゆきさんがサロンに来て3回目くらいの時に、「私はアーティストじゃなくて、職人なんです」とおっしゃったことを覚えています。みゆきさんにとって、「アーティスト」と「職人」の違いは何ですか。

みゆき: 映画の仕事をしている時の私は「職人」です。私にとってアーティストは、作品などを通して自己表現をする人。オリジナリティーがあるというか。一方で職人は、相手の要望に限りなく近い作品を作る人。私はディレクターのビジョンを現実化するために仕事をしているので、映画の仕事では、自分のことを職人だと思っています。

ヒロ: 完全に同感で、みゆきさんのヘアカット時は、みゆきさんがディレクターで、私が職人ですよね(笑)。

常に近寄りやすい存在でいること
“Y the Last Man” with Sydney Kuhne
“Y the Last Man” with Sydney Kuhne

ヒロ: では少し方向を変えて、みゆきさんにとってこの仕事をしていくうえで、技術面以外で大切なことは何ですか。

みゆき: 「コミュニケーション」ですね。現場では、いつも片耳にイヤホンをしていて、ウォーキーから聞こえてくるADチームの会話を聴きながら、たまに受け答えします。特殊メイク的仕掛けがある時は、ディレクターが直接撮りたいアングルやタイミングの希望を話しに来て、私ができる事とできない事を説明して、提案をすることもあります。また、自分のチームのみならず、他のチームと連携を取らないといけない場面が多いので、常に片耳にイヤホン、反対の耳で周りの会話を聞いて、テキストでいろんな人に指示を出しています。。マルチタスク+コミュニケーション能力がないとやっていけない仕事だ思います。

 またメイクスクールのインストラクターに「Approachableでいなさい」と言われたのをよく覚えています。現場で俳優さんが困ったことがあると、一番最初に相談するのがメイクアップアーティストである場合がよくあり、(自分の顔を触らせるくらい近い存在なので)、どんな時でも、たとえメイクと関係のないことでも気軽に話しかけられるような存在でいるというのが、私の職業の要です。おかげで、日常生活でも、大きいヘッドフォンをしてようが、周りに人がいっぱいいようが、外国だろうが、よく道を聞かれます。

ヒロ: 「Approachable」なのは、僕もとても大事だと思います。先ほどのエチオピア映画やジンバブエでのお話もコミュニケーションの1つですし、他のスタッフや俳優さんにとって、みゆきさんはまさに〝近寄りやすい存在〟として確立されているのだと思います。

(聞き手・文章構成TORJA編集部)
対談はサロンを貸切にし、撮影のため一時的にマスクを外して実施しています。

もりみゆきさん

 神奈川県出身。日本、アフリカ、カナダ、アメリカの映画・テレビ・ファッション業界で活動する特殊メイクアップアーティスト。ロサンゼルスでメイクアップスクールを卒業後、特殊メイクアップ工房Chiodo Brothers Productions Incにて、キャリアを開始。2008年カナダ移住。Schminken Studio、Mindwarp production Incでの仕事を経て、現在はトロントを拠点に多くの映画・ドラマの制作現場で活動中。

 Creditは、『Super Natural』『Jigsaw/Saw8: Legacy』、Amazon Prime『The Boys S2』、メル・ギブソン主演『Fatman』、ダイアン・レイン主演『Y the Last Man』、2022年秋Netflix配信予定の『Glnny&Georgla S2』など。