日韓クールコンテンツ政策の成否|世界でエンタメ三昧【第90回】

日韓クールコンテンツ政策の成否|世界でエンタメ三昧【第90回】

クールコリアとクールジャパンの葛藤

 『愛の不時着』から始まり『イカゲーム』にBTS、韓国版クールジャパンである「クールコリア」が目白押しです。それもそのはず、近年の韓国は日本のお家芸でもあったゲームや音楽といった分野で、アジアだけでなく北米・欧州でも一定の知名度を得るところまできました。いま韓国は日本コンテンツ業界のなしえなかった「グローバル化」を一足飛びに実現してしまっているのです。

 韓国の海外化志向が日本より強いことは、すでによく語られている通りです。韓国は1997年通貨危機で30あった財閥の半分が〝消滅〟したような、日本で言う「戦後」に近い事件がありました。そこで産業全体が「選択と集中」をせざるを得ず、国民の英語力向上や外貨を稼げる業界へのフォーカスも絞られます。サムスンが巨大化していくのもこの時期からです。日本では500点前後で10年間ずっと変わらない平均TOEICスコアも、ほぼ同レベルだった1990年代から2010年ごろには600点、最近ではもう700点近くまで上がりました。韓国の「国民平均」得点が、です(英語化を志した楽天1社が2011年に平均526点から4年かけて2015年には平均800点を超えているのをみると、日本もやってやれないことはできないと思うんですが…)。大学進学率は日本の6割に対して、韓国は8割。大学院生の数も韓国35万人と日本の25万人よりも多い。塾に通っている割合も小学生で86%と、25%程度の日本の小学生に比べると3倍以上にもなります。

 とにかく学歴社会の強い韓国、さらにはここまで多くの競争を乗り越えた上でも安泰はありません。大学卒業後の就職率は約6割。日本の96%とは雲泥の差です。それでいて就職したあとも、下位10%のローパフォーマーは警告を受け、5%に入ると解雇の対象にもなる。では大企業に入れば安泰かというと、45定・56盗という言葉があるように45歳には定年で大企業にはしがみつけず、56歳まで居残るのは盗人という強烈なカルチャーがあります。

 なぜ安穏とした日本に対して、韓国という社会はここまで競争を要される過酷な社会なのでしょうか。イカゲームはまさにこうした韓国の現状への不満や鬱屈がドラマの形であらわれたものであり、だからこそ韓国が豊かになった今でもOECDの中で自殺率1位という不名誉から抜け出ることができない状態です。

コンテンツの輸出額でも海外展開の助成金でも日韓の違いは大きくない

 では本当に日本は韓国に「負けている」のでしょうか。ここ15年間の出版・コミック・音楽・アニメ・TV・映画・ゲームの輸出額について分析してみたグラフです(日本のコミック輸出のみ数字とれていない)。もともと2000年代に入ると『冬のソナタ』や『チャングムの誓い』などTV(ドラマ)を中心に伸ばしていった韓国ですが、東方神起やBoAなどを日本市場進出第一世代として、2010年代に入ってKARA、少女時代などアジア受けするアイドル達の海外化が勢いを増し、そして2010年代後半になるとPsy、BTS、Blackpinkなど欧米でも受ける世界席巻型のアイドル時代へと入りました。だが注意が必要なのは、「Global Recording Artist of theYear」をBTSが飾った2020年ですら、韓国の音楽市場は世界6位でいまだ2位の日本に届いていないという事実です。BTS事務所のHYBE(元BIGHIT)が約1000億円売上でエイベックスの売上を抜いたのも2021年になって初めてのことです。

 かたや日本のコンテンツ輸出がどうかといえば、2010年代は同様に急成長。718億円となったアニメや530億円のテレビ(といいながら8割以上はテレビ局がもっているアニメ放映権販売)、そして328億円の映画(こちらも大半がアニメ)と2019年の数字は目覚ましいものがあります。1兆円を超えるゲーム市場輸出を別にしても、2千億円近くのアニメはずいぶんな成長産業なのです。明確に「負け越し」があるとすれば出版や音楽、TV(ドラマ)といったコンテンツですが、ただそれでも「国内音楽市場」だけでいえば、まだまだ日本のほうが韓国より大きいのが現状です。

 韓国のコンテンツ輸出の背景にはコンテンツ振興院(KOCCA)など行政の支援がうまくいっている、という意見は確かに妥当です。(ゲームを除くと)12兆円になる日本の国内コンテンツ市場のうちの輸出は2千億(2%弱)か、7兆円しかない韓国の国内コンテンツ市場のうちの輸出は2千億(3%)、それに対して政府予算100兆円の日本でコンテンツ関連への予算は450億(4.5%)、政府予算60兆円の韓国についてはコンテンツ関連予算が330億円(5%)と「韓国のほうが傾斜をかけて投資している」状態、ではあります。ただ、そうはいっても、絶対額としての輸出額でも助成金額でもそれほど大きな差はないのです。

 象徴的な成功例の違い、という「見え方」の問題が大きいのではないでしょうか。韓国KOCCAができての組織になったのが2009年。日本で「クールジャパン室」が2010年に設置され、クールジャパンファンド(海外需要開拓支援機構、CFJ)として投資活動を開始したのが2013年。その後の音楽・ドラマをはじめとする韓国の躍進はすでに述べた通りですが、一方で日本の施策は前述の毎年400〜500億の日本コンテンツ向け予算全体のうち、わりあてられたCFJの各企業への出資額が年50~300億円。成果が中長期にしか出ない企業投資という制約はあるものの、過去50件の投資案件のうちメディア・コンテンツ関連は15件で累計約450億円強が投資されました。Tokyo Otaku Modeやアニメコンソーシアムジャパン、吉本ジャパンコンテンツファクトリーなどの投資案件のなかで、めぼしい「成果」がいまだ見えてきていない。かつ、CFJの経常利益も(過去投資案件の損切りではあるが)ピークの2018年には80億円赤字となっている。こうした〝惨状〟をみるに、近年コンテンツ系ではなく、ライフスタイルや飲食、インバウンド観光などに投資を振り切っているというピボットも理解できなくもない状況です。

 つまり日韓のコンテンツ海外展開を総括すると、「日韓ともに助成金はわりと潤沢にかけられている」「日韓ともコンテンツ輸出は同程度大きく伸びている」「日はゲームアニメ、韓はドラマ音楽とジャンルは違う」ということになります。一つ明確に言えるのは、日本のゲーム輸出は大手コンソールが独力で、アニメ輸出は世界的なプラットフォーマーという買い手がついたことでの「オーガニックな成長」であり、コンテンツ政策による助成が戦略的に効いた事例ではない、という点が課題になっていると言えるでしょう。

圧倒的に違う海外志向とリスクテイク

 市場サイズも海外輸出絶対額も近い。では明確に違う点でいうと「海外志向」と「リスクテイク」の2点です。たとえば『愛の不時着』を製作したスタジオドラゴンという会社があります。売上400億で営業利益は150億。かつ売上の3割以上は韓国国外収益となっています。日本でいうと東映アニメーションと近い業態といえます(かつ外資の投資が『鬼滅の刃』以降大量に集まった東アニは時価総額1兆円までいきました。ドラゴンは2千億円)。ただ実写ドラマで日本のトップ制作会社といえば『世界・ふしぎ発見!』のテレビマンユニオン、『沼にハマってきいてみた』のザ・ワークスといった企業群ですが、それらの会社がどのくらいの事業サイズかといえば、1桁以上小さい数十億円規模です。海外売上はほぼ計上されておりません。

 映像制作だけでなくゲーム開発にしても、韓国では社員が退職して50%出資で親会社と会派圧会社をつくり、大ヒットを当てればきちんと数億円・数十億円といったインセンティブが入るような仕組みになっています。そのため(競争過剰ともいわれるが)中国・韓国のゲーム開発会社は、スタジオ同士の分断が大きく、それぞれのスタジオはトップが独自色のゲーム開発にまい進しています。コンテンツ世界にドリームがあるため、優秀な人材が雇用者ではなく独立したり、様々なオプションが用意されているのです。

 ただ韓国にももちろん死角はあります。いまだドラマもゲームも日本・中国市場への依存度が高く、「全世界的な展開」とは言いずらい状態です。母国市場もサイズが小さく、作品が潤沢に生まれる環境ともいえません。少なくとも日本で何十もの会社がアニメ製作委員会に出資して連携で作品を大きくするような動きも生まれにくい土壌です。その弱みを逆に力に変えて、「海外志向」と「リスクテイク」ではアジア断トツに振り切っているなとも感じます。

 対する日本はいまだ「日本で売れたらそのあと輸出もしてみようか」といった温度感。ゲームは例外としてもアニメですら、海外向けに企画段階から振り切るといった作品はほぼ見たことはありません。日本企業にとって、すでに中国の並みいる〝列強〟企業達はもはや手の届かない存在です。かたや20年前に日本の10分の1くらいしかコンテンツ市場がなかった韓国企業が、当時歯牙にもかけなかったGlobalにもシャイな民族が「選択と集中」によってこれだけの成果をあげているという姿は、自分たち自身を奮い立たせるには十分な事例かと思います。動き方によって日本はいまの韓国以上に世界に打って出るポテンシャルが十二分にあるのです。