世界一のゲームエンパイア「テンセント」|世界でエンタメ三昧【第81回】

世界一のゲームエンパイア「テンセント」|世界でエンタメ三昧【第81回】

10年で時価総額80倍、80兆円超えの世界一ゲーム会社

 世界最大のゲーム会社はどこでしょうか。任天堂でもソニーでもなく、それはテンセントです。現在売上8兆円規模、時価総額80兆円超の会社で、SNS(MAU8億人のQQ)、金融、エンターテイメント、情報、ツール、プラットフォーム、AIのインターネット総合大手企業です。時価総額でみればGAFAに次ぐ世界7位、アリババに次ぐ中国2位。なによりすさまじいのはその成長速度です。2005年に15億ドル、2010年に120億ドルとなるとこの時点で任天堂を抜き去り、2016年2183億ドルとなってトヨタ・IBM・ディズニーを超えて、2021年8178億ドルでほぼフェイスブックと並ぶ規模になっています(図1)。5年ごとに時価総額10倍になっていく成長速度には、アップルやグーグルをしても叶わない中国市場というホームグラウンドの優位性が表れています。

 ただ、我々にとってちょっと実感がわきにくいのは「じゃあ世界一のテンセントのゲームって何なの?」と、日本人には商品ブランドとしてあまりに疎遠だということでしょう。任天堂ならマリオがあり、マイクロソフトならHALOがあり、EAにはFIFAがある…といった日本でも通用する「看板タイトル」がないため、どうしてもこのサイズ感と実像が結びつきにくいのです。

 テンセントは1998年設立の〝新興〟のインターネット会社で、日本だとサイバーエージェントやガンホー、米国ではグーグルと同じ年に設立されています。深圳大学という、中国でも中級クラスの大学出身の、馬化騰(Pony Ma)が大学の同級生と始めた会社で、もともとはポケベルをハードウェアとして作るところから始まり、携帯のSNSメッセージで高いシェアをとって成功させています。ただ数千万人のユーザーはいても、有料転換したのは3千人程度、まだ当時は従業員百人規模、売上も数十億円といったサイズです。ここでネットサービスのなかでも最も高い収益率を誇る「ゲーム」というジャンルが浮上します。

 2000年代前半の中国ゲーム市場は(海賊版の横行によって)ほぼPCゲーム一択で、盛大(Shanda)が5割ちかい寡占を誇っていました。ネットカフェでプリペイドカードを使ってプレイをするのが主流で、このインフラをおさえたゲーム会社が最強だった時代です。テンセントのゲーム事業の参入は2003年8月、カジュアルゲームのポータルサイトから始まりました。しかも開発も持っていなかったため韓国の『アラド戦記』『クロス・ファイア』の代理運営という位置づけです。インストールベースのリッチなPCゲームからすればチープなウェブゲーム、捨て置かれた市場で順当に伸ばし、2008年には3億ドル程度の収益をおさめます。

ゲーム業界のすべてを飲み込む帝国企業

 テンセントのゲーム事業の大成功は、開発というよりも「出資」でした。MMOで大成功を収める『League of Legend』のRiot Gameを、開発段階の2008年に22%出資し、2011年に子会社化したところを皮切りに、2012年にのちに『Fortnite』を生み出すEpic Gamesに40%出資(現時点で150億ドルの未上場企業なのでこれだけで60億ドル価値!任天堂の2倍近い企業価値です)。2013年には『Call of Duty』で有名な米国2位のゲーム会社Activisionに少額出資、2014年に韓国CJグループのゲーム事業に5億ドル出資し、『7つの大罪(グラクロ)』のNetmarbleの株も20%弱所有しています(12年にKakaoにも出資済)。2015年には『Orc Must Die!』のRobot Entertainmentや『Guitar Hero』のGlu Mobileに出資(のちにEAが完全買収)、『Tap zoo』のPocket Gems買収とモバイルゲームの米国大手も続々と引き入れていきます。

 一躍業界最大手に躍り出たきっかけは2016年にモバイルゲームのトップメーカーだった『Clash Royal』のフィンランドSupercellをソフトバンクから73億ドルで買収した件でしょう。『8 Ball Pool』の仏Miniclip、Epicに並ぶゲームエンジン最大手Unity、『アサシンクリード』のUBIにも5%出資、と引きも切りません。毎年ゲーム会社だけで10社ほど投資を続けており、これまで累積で150社近くに出資・買収してきました。

 そんなテンセントの看板タイトルといえば『王者栄耀(Arena of Valor)』です。2015年リリース後、2017年は年間19億ドル、2020年で年間24・5億ドルを稼ぎ出し、「世界一の売上」に何度も輝いているタイトルです。(LoLと同様にMOBA系といわれる日本だと人気ないジャンルなので、DeNAがリリースした日本語版もあまりうまくいっていないのですが…)。DotaからLoLにつながれた「MOBA」というジャンルは日本を素通りして欧米から中国に火がうつり、テンセントがその収益をほしいままにしています。さらに「バトルロワイヤル」と言われる『荒野行動(Knives Out)』や『Call of Duty Mobile』のジャンルでも、『Fortnite』そしてBlueholeの『PUBG』のどちらもテンセント資本タイトルであり、十分に大手一角に食い込んでいる状況です。まさに出資とジャンル網羅で死角なし、というのがテンセントゲーム事業の現状です。

 韓・米・仏といった大手が資本出資で抑えられる中、ここ最近、ついに縁遠かった日本企業へも出資が本格化しています。2020年に入り、『NieR:Automata』のプラチナゲームス、『牧場物語』のマーベラス、公表されていないものも含めると10社規模まで出資が進んでいます。ゲーム業界古参の日本市場における「メーカー機能」は、テンセントにとっても垂涎の的といえるでしょう。

エンパイアでも難しいゼロイチの開発というイグニション・ポイント

 無双状態のテンセントですが、実はもはやゲーム比率は全体売上の「3割以下」まで〝しぼんで〟きています。毎年順当に伸び続けて入るものの、年間220億ドル(2.5兆円)に対してFintech・ビジネスが190億ドルで約3割規模まで拡大しており、同時にネット広告ビジネスが120億ドルで約2割という割合になっており、こちらも中国におけるグーグルのような役割でハブ化しております。

 図2をみると市場に対するテンセントの位置づけが見えてきます。世界ゲーム市場そのものが全エンタメのなかでも急成長市場であり、570億ドル(2010年)→1646億ドル(2020年)と3倍になりました。ですが、そもそもそこを牽引しているのが中国ゲーム市場で、50億ドル(2010年)→409億ドル(2020年)で8倍へと膨張しており、いまや世界ゲーム市場の3割を占めるようになりました(ちなみに日本ゲーム市場は2010年に3割でしたが、2020年で1割まで落ちています)。その急成長の中国ゲーム市場に対して、実はテンセントのゲーム事業はさらに飛躍的で、14億ドル(2010年)→226億ドル(2020年)となんと16倍!成長市場のなかで最もホットなエリアにありながら、そこでもまたテンセントの寡占度が30%から50%超まであがっているという状況なのです。

 こうしたゲーム業界における位置づけのみならず、他領域でも盤石な成長がみられるからこその時価総額80兆円です。動画配信プラットフォームとしての「Huya」「Douyu」で中国の配信業界は寡占しており、米国のゲームコミュニケーションツールの「Discord」や「Reddit」にも出資をしている点も含めると、エンタメ業界においてテンセントの手あかのついていない領域を探すほうが難しいでしょう。音楽業界大手三大の一つ、ユニバーサルすらも20%をテンセントが持っており、あとは「スナップチャット」にしても、なんとイーロン・マスクの「テスラ」にまで出資の触手を伸ばしています。その中ではむしろ日本はまだ相当に独立性を保っているとも言えるでしょう。

 こんなテンセントに死角はあるのでしょうか。1つは政治です。手のつけようのないGAFAの拡張に対して、欧州を中心に個人情報保護や独禁法などの「規制」によって牽制しようという国家側の思惑が際立つレベルになってきていますが、テンセントもアリババと並んで中国共産党からみて警戒レベルの拡大を見せてきており、今後は単独の企業・産業としてよりも国家をふくめたサステイナブルな成長と消費者関係のなかで政治的にふるまわなければいけない状況にあります。

 またもう1つは、テンセントがあくまで「インターネット『付加価値』サービス」企業であり、意外にもゼロイチでの開発成功経験には乏しいという点でしょう。Pony Maが製品哲学としているのは「超越式模倣」と言われ、これはテンセントの遺伝子にもなっている「どの分野でもイノベーターにはならず、良い製品をすぐに模倣し、QQのユーザーを流し込んで最適化する」と、彼らが繰り返し続けてきた成功体験がゆえの反作用でしょう。EAやActivisionがそうであるように、エンタメ企業は徐々にプラットフォーム化し、企画・マーケティングのみをつかさどり、物語やキャラクターを作る内製開発からはどんどん遠ざかります。ゼロイチは効率が悪いからです。それよりも売れた物語・キャラクターを買収していくほうが大事だとばかりに、ユーザーの確保と製品の改善を企業の強みとしています。これをしている限り、テンセントはアップルやグーグルのような企業にはなれないのです。ではそこにどんな企業・遺伝子を付け足していけばよいのでしょうか。