年1億人を集めるディズニーランドは破産寸前からしか生まれない|世界でエンタメ三昧【第80回】

年1億人を集めるディズニーランドは破産寸前からしか生まれない|世界でエンタメ三昧【第80回】

テーマパークの米中戦争

 カジノや映像メディアがそうであるように、テーマパークもまた、世界シェアの半分を握る「米国のお家芸」ともいえる産業です。ディズニーランドをはじめとする世界トップ20のパークが集める年間約3億人の観光客・入園者のうち、約半分近くとなる1.5億人は米国に集中しています。この1.5億人も米国のなかで寡占化しており、そのまた半分以上が「フロリダ州」、3割が「カリフォルニア州」です。つまり米国のこの2州だけで、世界のトップ級パーク事業に集まる総集客の3割も寡占している状況です(日本でも千葉県が日本市場の5割独占しているので同じようなものですが)。

 それもそのはず、遊園地・テーマパーク事業は素人目にみても大変な資本投下を要します。国をあげてのモニュメントな事業で、それを目指して海外の観光客も呼べる、まさに「観光の目玉」。その分、大規模なものになると設立費用で数千億円(ディズニーリゾート「美女と野獣エリア」はあの1エリアだけで750億円!1万円かけてそのエリアだけ見ても、観光客からしたら元がとれるレベルですよね…)、1年間の営業費用だけで1千億円かかる、といった状況です。超先進国でしか実現しないのも頷けますよね…。

 とはいうもののGDP同様、米国が少しずつシェアを切り崩されてきたのがこの20年間の動きでした。米国のトップ5社(ディズニーランド(世界10施設、年売上165億ドル)、ユニバーサルスタジオ(5施設、59億ドル)、Sixflags※ワーナーのパーク事業ライセンシー(26施設、15億)、Cedar Fair(14施設、15億)、SeaWorld(12施設、14億))での集客数の米国企業シェアは15年前の78%から2019年には50%、ディズニーランド1社のシェアも同期間41%から23%まで落ちています。欧州も南米もパーク入園者はこの20年増えていない中、実は米国も「成長市場」ではあったのですがアジア、特に中国の成長が著しく、相対的にはシェアが下がっているというのが全体像です。

 対する中国のテーマパーク事業者は、トップ3社が世界10位にランクインしてきており(OCT Park(10施設、17億ドル)、Fantawild(30施設)、Chimelong(2施設))、「Happy Valley」で知られるOCTは2010年に50億ドルだった収益が、この10年で3倍規模にまで急成長しています。世界2位の遊園地大国だった日本は、唯一ディズニーランドを運営するオリエンタルランド(2施設、4億ドル)の年間3千万人が世界7位にぎりぎりランクインしている、という状況。他産業でも喧騒を巻き起こしているように、テーマパークもまた米中の巨大産業のぶつかり合い、という様相を呈してきています。

図1: 世界トップのテーマパーク事業売上

大借金が生み出したディズニーランドという前人未到の遊園地

 遊園地の代名詞といえばディズニーランドです。中国にまくられているとは言っても、この業界におけるディズニーのブランドは空前絶後・唯一無二です。ディズニーランドは創業者ウォルト・ディズニー自身の「夢」でした。1920〜40年代を映画作りに捧げ、ヒットしては失敗しのプロセスに疲れ果てた1950年代に、ウォルトは寝ても覚めてもディズニーランドの構想ばかり語るようになります。もちろん周囲は大反対。最初は夢物語に付き合っていた家族や、共同経営者であった弟のロイも「だんだん怖くなってきた」とこぼしています。そして当時は地上波で二強であったCBS、NBCに比して、最後発で弱小だったABCと提携関係をもちかけ、ランドの建設プロセスを番組化しようという形で、ついに実現に向けて動きます。最初のディズニーランド、アナハイムです。

 ちなみに当時は映画業界とテレビ業界が大抗争の真っ最中。テレビに視聴を奪われる映画は、業界くんで俳優をテレビには出演させないブロック協定を結んでいた時代。そんな中、アニメーションではトップのディズニーが積極的にABCに番組提供を、というウォルトの動きは異例のものでした。映画業界からも猛反発を食らいます。当時の日本でいうと、東映が子会社の東映動画(現:東映アニメーション)の名前でオリエンタルランドつくるから、テレビ東京に番組制作しましょうと持ちかけるようなものでしょうか。

 1954年にはじまる映画・ディズニーランドを宣伝するためのABCテレビ番組『ディズニーランド』は視聴率50%を超える大好評となり、米国国民の期待をあおりました。番組はABCから1本7.3万ドルで買い上げられますが、製作費にはゆうに1本30万ドルがかかっており、完全な赤字事業。プロモーション目的で番組が制作し続けられ、この枠は『ミッキーマウスクラブ』に引き継がれます。どんどんアイデアを盛り込み、新しいことに挑戦するウォルトは、ほかの遊園地の経験者を一切雇いません。過去の事例にとらわれず、自由な発想を(=ウォルトの思い付きアイデアを否定しない新卒人材)!ということで、パーク事業未経験のまっさらなスタッフを数百人採用し、ぶん回し続けます。

「建設コストがいくらになるかと尋ねると、ウォルトは2百万ドルから5百万(現在価値20~50億円)と答えた。私はおそらく1千万ドルかかるだろうと踏んだ。結局、17百万ドル(現在価値170億円)かかった」と当時の建設責任者は振り返る。20億円計画が170億円になったら僕でも怒ります。でも弟のロイはウォルトについてこう言っています。「資金難のときで、協力してくれる人がいなかった。話をしようと兄の部屋へ行くと、なぜか兄は急に忙しそうにし始めるので、言い出せなかった」。なんていい弟なのでしょう。ディズニーは私が調べる限りでも7、8回倒産危機が起きていますが、毎回弟のロイがなんとかします。なんとかしますが、そういう状況でウォルトはとどめのように借金を増やす挑戦をするタイプなのです。『創造の狂気』(ダイヤモンド、2007)というだいぶスパイシーなウォルト本が出ていますが、まさに名が体を表す恐ろしい話だなと思いながら読んでいます。

 オープンにあたっては1.5万人の招待券枠に、偽造チケットで2.8万人以上が詰めかけ、梯子で不法侵入した客も入れて園は崩壊寸前。全国で7千万人がテレビにくぎ付けになりました。それでもランドは「ここに来れば、スタジオでの退屈な映画作りから逃れられて、心からほっとできる。これが私にとっての本当のアミューズメントなんだ」とウォルトがつぶやくほどの事業になります。初年度1955年で360万人、2年半後は年1千万人。1960年にはディズニー株も7倍に膨らみ、売上シェアでも2割が遊園地からの収入となりました(ABCとはその後決裂。50万ドル(現在の5億円)で3割持っていた株式を、1968年に750万ドル(現在の55億円)で15倍でディズニーが買い取ります)。

産業としてのテーマパーク運営事業

 ディズニーランドの世界10施設で年1・23億人動員はもとより、トップ10の企業で年間5.2億人動員というのは、ライブコンテンツでいうと驚異的な数字です。テーマパークは決して安い買い物ではなく、1人がチケットだけでなく物販や飲食で1万円は払うもの。宿泊を伴うと平気で5万、10万といった金額になります。そうなるとこの5.2億人から日帰りベースで5兆円、宿泊ベースでは30~50兆円といった市場がうまれているわけです。

 もちろんこんなに大きい遊園地は例外で(北米全体で483か所ある遊園地で3兆円市場、12・5万人が雇用されています)、巨大なものを除くと中央値では1か所で年間数十億円いけばいいほうでしょう。日本のテーマパーク189社も全体で1兆円、うち10億円未満が117社ということで、中央値でいくと年間7〜8億円といった規模です。いわゆる「普通の遊園地」は、建設費23億円、年間3億円の運営費、年間20万人から1人2千円弱集めて3.6億円の売上を確保(8割が入場料、1〜2割が物販・飲食など)というのが相場です。営利率10〜20%といったところでしょう。わりと堅実なフロリダや千葉など特定の地域≒特定の巨大パークに過度に人気が集中するのは、ほかのエンタメ産業と同じです。ただ高額体験商品だからこそ、遠距離の顧客を呼びにくい。これは米国でも日本でも同じで、トップ級のパークですら6割は地元客です。国内全体を入れて+3割、海外からは最高でも1割、これは黄金律のように一致します。アニメイベントも同様です。だからこそ、人気のパークは最も人が集中し、ローカルマーケットのパイが大きい立地を確保しなければいけません。良い立地だと初期の投下資本も集中的に大きいものになります。

 ここまでイレギュラーな施設だから、1955年にオレンジ畑のド田舎だったアナハイムにディズニーランドをと主張したウォルトは驚異的です。良い場所を選んだのではなく、良い場所にして人をひきよせた。失敗も多い事業で、米国では小さなものを含めると19世紀後半から1920年ごろまで1500か所まで急増し、その後は映画や自動車ドライビングなどほかのエンタメにユーザーを奪われて多くは潰れています。失敗例も多かったのに(失敗すると大借金を抱えます。運営費がかかる分、映画以上に恐ろしい事業)1955年アナハイムや1965年フロリダのディズニーランドの成功を皮切りに再び復活してきた産業、と言えます。ただ注目すべきは、テレビも出版も新聞も大ダメージを負ったこのインターネット化が進む10数年において、テーマパークは「成長産業」であったという事実です。米国も中国も集客数も1人当たり単価も上がり続けました。

 ネット時代にこそ代えがたい価値を発揮した、ということはロックダウンの中でディズニーランドに行った人たちには説明不要でしょう。2020年はかつてない危機を迎えています。上記のトップ企業のテーマパーク事業は軒並み3桁億円の赤字に苦しみ、売上としてもほぼ8〜9割減といったところに着地しています。そして現時点でもいまだ集客は回復することなく、1年以上赤字状態が続いています。2023~25年になっても2019年水準に回復するかどうかが疑わしいです。「音楽を殺すな」「スポーツを殺すな」と叫ばれていますが、こちらも同様「テーマパークを殺すな」といかにこの不安定な固定費商売を残し続けるかは喫緊の課題といえるでしょう。またその詳細については次回以降USJの復活などとあわせたテーマで語ります。

 テーマパークの創生・蘇生にはすべからく「起業家の精神」が宿っています。最後にABC含めほぼすべての関係者が反対し、借金が膨れ上がって崩壊寸前のディズニーランド建設中のウォルトの言葉で締めくくります。ウォルトは(借金取り立てに慌てる施工責任者に向けて)全く心配していない様子で、こう尋ねたそうです。

㋒「心配するな。一番最悪の事態はなんだと思う?」
「なんでしょう?」
㋒「破産だよ」
「そうでしょうね」
㋒「私はこう考えている。私は今までに5回も破産している。あと1回増えたところで、どうということはない」

 まさに「創造の狂気」。株主からも親兄弟からも大反対を受けて、想定予算の10倍近い規模に膨らんだプロジェクト。これがなければ現在の5兆円のテーマパーク産業も全く違うサイズのものだったのではないでしょうか。