プレミアリーグから学ぶ日本アニメ業界の未来|世界でエンタメ三昧

プレミアリーグから学ぶ日本アニメ業界の未来|世界でエンタメ三昧

1兆円のプレミアリーグ(PL)を所有する10兆円資産の大富豪たち

 昨今、日本のアニメ業界が外資マネーで活況を賑わしています。ネットフリックスやアマゾンが高額でアニメ配信権を購入し、bilibiliが出資で委員会に入り、どのアニメ会社も国内ではなく、海外のために仕事をしている、魂を売っている、云々。ただ私は声を大にして言いたいのは、「毒を食らわば皿まで」。資本の出し手の国籍よりも、それによってその作品がどこまで広くポテンシャルを広げることのほうが大事だと思います。異なる次元の資本・プレイヤーが入ることで、業界は再活性するのだ、ということをフットボール、特に英国PLをみていると思います。

 世界の放映権市場はコロナ前で約10兆円。そのうち、約半分の5兆円を占めるサッカーは「世界最大のライブコンテンツ」です。その5兆円のうち、最大規模を誇る英国PLは20チームで収入0.7兆円、下位リーグのEF72チームも入れて約1兆円弱。米国4大スポーツの3兆円規模には敵いませんが、英国サッカーは「サッカーにおける最高峰リーグ」でもあります。ではそのPLの20チームは誰が所有しているかといえば、「実は大半が英国の持ち物ではない」状態です。

 図1でPLのクラブオーナーたちを列挙してみると、タイ、米国、中国、ロシア、エジプト、イラン、UAE、パキスタンなど各国のトップ級富豪がズラリ。20チームのうち英国人オーナーは5チームしかありません。なにより驚くのはその「オーナー資産」。もはやクラブの時価総額よりも、オーナー資産総額のランキングのほうが盛り上がっているのではというくらい、毎年どこのクラブを誰が購入して、その資産規模が…みたいなランキングがニュースを賑わします。2020年の全オーナーの資産総額が10兆円。1人1人が国家予算規模のような富豪たちがせめぎあっているのがPLでもあります。

30年前まで貧しかった英国サッカー、30年で20倍へ

 ただこうした世界のマネーが集中する状況が起こったのは実はそんなに昔の事ではありません。英国のサッカーリーグ自体は1888年から200年以上の歴史がありますが、そもそも「プレミアリーグ」の創立は1992年。それまでは92チームに約10億円の年間放映権料が均等分配され(2019・2020で年4000億円であることを考えると、30年前は激安でした)、その不公平にトップクラブであったビック5(リヴァプール、トッテナム、アーセナル、エヴァートン、マンU)が反発し、ヒルズボロの悲劇などもあり、上位20クラブで離脱するように「上位リーグ」を作ったのです。ただリーグ化の一番の理由は、実は「外圧」です。

 豪州のルバート・マードック率いるニューズ・コーポレーション/FOXが英国放送市場に参入を表明し、この強烈なバイイングパワーをもったオーストラリアのメディア最大手に対抗するためにリーグ・クラブで対抗措置を講じた結果、「統合して交渉しよう」とPLの形になりました(結果1994年にマードックはヨーロッパ最大の有料放送事業者Skyに株式参加、2010年に完全買収)。実際にFOXは米国でもNBC/CBSといった大手放送局と競り合い、NFLやNBAといったスポーツ放映権を次々に高額で落札していきます。

 PLの放映権料は1試合あたりで€0.9M(1992)/€4.9M(2000)/€5.8M(2010)/€13・7M(2015)/€20M以上(2019)と、急激に成長します。90年代で5倍、10年代で3倍。90年代に日本の放送バブル期で巨人戦が1試合で1億円でしたから、実は当時は巨人もPLも差がなかった。だが今では20倍どころじゃない差になっています。それもこれも第53回でも指摘したように、90年代は地上波⇒ケーブルへの覇権競争、00年代はケーブル⇔衛星放送の競争、10年代はケーブル⇔通信・配信競争と常にメディアが視聴率の高いトップスポーツを獲得しようと競争し、統合し、バイイングパワーを上げ続けてきたお陰でもあります。

 マードックは1998年にソフトバンクと組んでテレビ朝日買収にも乗り出した超ヤリ手のメディア局であり、その後のライブドア⇔フジテレビ、楽天⇔TBSの資本抗争にも繋がっていきますが、あの時代にメディア統合が起こっていたなら日本のスポーツ業界も全く違うものになっていたことでしょう。

首相から王族に売却されるPLクラブ

 放映権バブルの時代に沿って、クラブ買収競争もまた活性化していきます。まずは世界最高峰のクラブであるナンバー14のマンU、1989年に約40億円(£20M)でマイケル・ナイトンが買収したのはまだ牧歌的な時代と言えるでしょう。そこからマードックが1999年に買収を仕掛けた金額が約1200億円(£623M)。このディールは英国政府によって却下されますが、米国富豪のマルコム・グレイザーが2005年に約1600億円(£800M)で入札します。このころから「クラブは高く売れる」という投機的商品になっていく傾向があります。

 続いてナンバー10のマンチェスター・シティ。2007年にアジア人初のPLオーナーになったのはタイ王国第31代首相のタクシン・シナワット。もともとPLに強い興味があった元大統領は2004年にもリヴァプールに買収を仕掛け失敗した経験もあり、結果約40億円(£22M)というマンシティの買収価格は、結局翌年に約400億円でUAEの王族シェイク・マンスール(彼もまたリヴァプールを狙っていた)に売り払ったことで多くの売却益を得る結果となりました。タイ元首相からUAE王族への売却、というこのディールもまたPLにおいては珍しいものではありません。

 さてPLクラブ買収で最も有名なディールの一つがナンバー5のチェルシーです。当時ダメダメだったチェルシーは半ば救済される形でロシアの政商ロマン・アブラモビッチに約35億円(£17M)に売却、ただ負債も多く弱小化していたこのクラブに彼は翌年£140Mの追加投資を行い、選手強化していきながら、実際にチェルシーの価値をどんどんと高めます。現在では2〜3千億円の価値を持つクラブに育て上げたのは、この買収劇のお陰でもあり、幸せな「結婚」であったともいえるでしょう(当時は「ロシア人に魂を売り渡すな!」という反対論も多かったようですが)。

 同じように海外大富豪が救った事例で言えばナンバー11のアーセナル。2007年に同じロシアのメディア王アリシュル・ウスマノフに30%を約450億円(£219M)で売却、そこから現在のオーナー、ウォルマート一族の娘婿であるスタン・クロエンケの手に渡るのは2018年、約800億円(£550M)という売却額。彼はNFLのセントルイス・ラムズや、NBAのデンバー・ナゲッツ、さらにはNHLのコロラド・アバランチのオーナーでもあります。複数のスポーツクラブのオーナーというのも珍しい話ではなく、前述のUAE王族のシェイク・マンスールは2兆円の純資産を持ち(一族総額では100兆円越えるとか)、米国MSLのニューヨーク・シティFC、豪州のメルボルン・シティFC、はたまた日本の横浜F・マリノスのオーナーでもあります。

外資を敵とするか味方とするかは我々次第

 ちょっと数字が天文学的すぎて…と引いてしまう話のオンパレードではありますが、こうした話が他人事ではない、と今の日本のコンテンツ業界を見ていると思います。PLクラブの買収劇は、まさに世界の富の偏在を示すかのごとく、90年代にソ連崩壊とともに突如生まれた新興財閥オリガルヒたちがロシアマネーを流入させ、00年代に石油価格の急騰のなかでUAE・カタールなどのオイルマネーが買収劇を可能にし、10年代にはいると民主化・資本主義化の波でタイ・マレーシア・シンガポール、そして中国の富豪たちが多くクラブの買収に加担するようになっていきます。

 一体何をみてこんな数倍、数十倍の価格をつけるのかといえば、メディア統合でコンテンツ買収額があがっていることも一因ですが、なにより原油などの「バブルマネー」が決して富豪たちの地位を保証するものではないことを彼ら自身が理解しているからです。オリガルヒも中東王族もタイ首相も中国富豪も、政治が転覆すると彼らの地位など一気に転倒し、財産の差し押さえなどもありえます。そうした中でPLクラブオーナーという地位は「世界に自分を知らしめる」最大のチャンスでもあり、実際にそうして有名になったオーナーは容易に拉致されたり、財産没収されることが難しくなります。ちょっとイレギュラーな理由ではありますが、バブルで儲かった資金を巨額なアートに費やしたり、サッカークラブを買ったりといった「消えにくいブランド価値」に転換することで、彼らは彼らで身を守ろうとしている、ともいえるでしょう。

 こうした「神々の戯れ」のごとき現象から、日本のコンテンツ業界は決して無縁でなくなってきた、と私は思います。中国大手資本が日本のゲーム会社を買収したり、北米配信大手が日本のアニメプロダクションに出資したり、といったこと事実起こっています。買収は「潜在的な企業価値」と実態の価格に、大きな乖離があるがゆえに起こります。本当は価値があるアニメ・ゲームの職人たちの力を時価総額のように顕在化させ、実態と一致させれば買収が起こるスキはありません。だが市場化していないがゆえに、また産業的なムラ社会によって、その乖離は埋まらないまま。こうしたときに、外資もVCも決して敵ではないのです。別次元の資本・市場の力によって、チェルシーやアーセナルが10倍どころか100倍価値をもつコンテンツハブとしてステージアップされていったように、日本のアニメ制作会社にも「市場化」を引き起こせば、きちんと実態価値に合う価格を顕在化させていくことが可能なのではないでしょうか。外圧は決して敵ではなく、それを良い意味に変えるのか悪い意味に変えるのかは、本当は我々次第…ということなのでしょう。