終幕|世界でエンタメ三昧【第100回】

終幕|世界でエンタメ三昧【第100回】

ソニー躍進とともに、10年間で数倍に持ちあがったアニメ・マンガ・ゲームの破壊力場

 第99回は「回顧」について語りましたが、最終回となる今回は「未来」について語ります。繰り返しになりますが、トロントジャーナル「エンタメ三昧」特集は2014年3月にバンダイナムコのカナダ開発拠点展開について話した第一回から毎月連載をくりかえし、今回の2023年1月で第100回となります。当時から2回の転勤・転職と1回の起業を経て、私は「エンタメ社会学者」を名乗るようになります。そしてだんだん調査研究・分析という1人作業のフェーズから、この連載のように(推しもオタクもグローバル)、直接業界第一人者との実験的な対話のなかで「エンタメからみる世界の胎動」について思考を深める、対話的なフェーズに入ってきました。

 TORJAのように自由に書けるメディアは大変ありがたく、編集長としてずっと校正を続けてくれた塩原さんには100回分のありがとうを伝えたい。いつも隣で連載を続けて、いまもなお書き続けている岡本さんには敬意とエールを送りたい。そういう思いはありながら、何かを手放さないと次に何か得られないという理由で、今回はTORJAにおける連載はぴったり100回目で終了することに決めました。

 「エンタメ」という領域を選択したこと-これは私のこれまでそんなに多くはなかった自分の人生・キャリアの大決断の一つとして、なかなか悪くない判断だと今は思えます(実は後悔していた時期もありました)。2011年にDeNAに入社したときが最初のきっかけでしたが、当時はアニメも「海外展開コンテンツ」とはいいがたい規模。『けいおん』や『化物語』、ラノベ系アニメも増える中で、ちょっとずつドメスティックに戻っていってしまう気配も感じていました。「家庭用ゲーム」はWiiの成熟化とともに絶不調。まだまだ怪しげだった「モバイルゲーム」領域をエントリーポイントにしましたが、まさかこれらの領域がわりと早めに頭打ちになり、むしろ凌駕すべきと考えたアニメやマンガが5倍以上に海外で広がっていくのは流石に想像していませんでした。見通せていたわけではなく、自分にはこれしか、とか自分には向いているかも、とか半ば洗脳のようにしがみついているうちに、あっというまに作品の力で産業が押し上げられ、語り部/分析手としての「エンタメ社会学者」のポジションに就くことになります。

 この古くからあるエンタメ領域の衝撃的グローバル化を象徴するのがソニーかもしれません。2010年時点では売上7兆円、時価総額2.9兆円。実は長年のライバルでありながらエンタメ系事業をほとんど手放していたパナソニックと比べて差はほとんどなく、ソニーミュージックも、プレステのソニーインタラクティブがあっても、むしろそれらを分社化すべき、売却すべきという議論があったほどです。すでにもてはやされはじめてはいたけれど「エンタメ」はあくまで添え物だった2010年、そこから10年がたち2020年のソニーは売上9兆円で時価総額13兆円越え、パナソニックは売上こそ6.7兆円で維持したものの、時価総額では4倍以上もの差がついてました。エンタメ事業は1990~2000年代と20年以上もソニー経営陣の頭を悩ませる難しい事業でしたが、それが実際に大きく価値貢献したのはこの2010年代に入ってからなのです。

摩訶不思議な職人世界に左脳な自分がフィットした理由

 2010年当時は「エンタメ」はむしろ古い業界の所有物のように思えました。出版社に映画やテレビ、広告代理店。DeNAやGREEのような「テック」企業がたまたまエンタメにも無邪気に参入してしまった、僕はそういった「イケているテック企業」の領域展開先としてのエンタメ産業にも少し足を踏み入れたくらいの気持ちでした。でもふたを開けてみると、摩訶不思議な職人の世界に魅了されるばかり。

 東大卒がいっぱいあふれたDeNAに対して、バンダイナムコに入ると高卒だけど昔ゲーセンで全国一だった人とか、コンサルとか数字とかよくわからないし話していることも不明瞭なのに1000人の社員が大好きになってしまうような人柄あふれるクリエイターとか。なにか全体を俯瞰でまとめて綺麗に整理したい性分の自分としては、同種同類がいっぱいひしめくテック業界よりも、自分が何をいっても聞いてくれないような職人たちの世界こそ分析のしがいもあり、その成功要因を理解したいと努めるようになりました。2010年代後半は古い企業の復古の時代です。実は新進気鋭のテック×エンタメ企業はなりをひそめて撤退したり受託したりといったなかで、何十年と版権をまもってきておよそKPIも英語も解さないようなクリエイティブ企業がどんどん海外で成功事例をつくっていきます。「日本中の頭脳を集めて、世界を覇する」と意気込んでいたテック企業で目指していた世界がばかばかしくなってしまうほど、そんなこと一切関係なく面白いもんだけつくろうぜとワイワイやっている会社が、いくつものヒット作を(独力だけではないにせよ)生み出していきました。

 実はKPIモンスターの多いテック系でも、クリエイターばかりのエンタメ系でも、重宝されたのには「違う能力」が存分に生きた、という側面があります。リクルートの営業力はどこにいっても評価を受けました。そもそもゲーム会社に飛び込みで電話をかけて会いに行くような人材は希少でした。コンサルの分析力とビジュアライズ能力、そして多くの企業を横断的にみることで養われる俯瞰性と仮説的に共通項を抽出する力は、実はゲーム会社でもプロレス会社でも効果を発揮します。なにより大学での講義との親和性が抜群でした。あと一番大事だったのは「エンタメが好きだった」というベースがあったことが、こうした「違う能力」を職人たちが受け入れてくれた理由だと思います。実は「エンタメが好き」と言える人は、エンタメ外の世界では結構多くはないのです。一応やっているし、見てもいるけど「好きだ」とはっきり言える人は少ない。業界を離れたら全然見なくなってしまう人も多い。そういうなかで、わりとミーハーな部分があって、タレントの世界もキャラクターの世界も浸っているのは結構好きだったことは幸いしてます。

 ほとんどの企業にとって、その悲劇とは大抵均質性と内紛によって起こるものです。異色な能力が1つでもあれば、それを異色として認めてくれる信頼関係があれば、産業も階層もまたいで、わりとうまくサラリーマンとしてはやっていけるものなのだと学びました。摩訶不思議にみえたエンタメの職人世界は、それなりに理解もできるし愛すべき企業・産業なのだと少しずつ理解できました。

実は革新性の高いエンタメ業界

 ここ1年は新領域としてWeb3業界でメタバースやNFTのポテンシャルについて考えることが多かったです。でもそうした「テック最先端」ともいえる領域が、かつてモバイルコンテンツがそうだったように、最後は「エンタメ産業」であるコンテンツ系を強く希求しています。有名IPキャラクターは引く手あまたです。

 なぜだろうか、と考えると、合点がいくのはエンタメの「ゼロから需要を生み出す」という特性によるものだという結論にたどり着きます。ゼロから始まるからこそ、ヒットしなければ誰の目にも止まることなく、あまりに人生の貴重な時間を浪費してしまったと絶望的になりますが、だから同時にテクノロジーやユーザー心理の変化にもっとも敏感で、新たにそれらを取り入れていこうという気運にあふれている。失敗ばかりの産業だからこそ、失敗に寛容であり、より多くの実験をみて社会の変化に鋭敏になることができる。

 『オタク経済圏創世記』(2019)や『推しエコノミー』(2021)で書いた社会の変革についてのアイデアは種は、もうその10年も前のモバイルゲームの時代に試したり味わっていたことがもとになっており、その時は「世界はこうなっていくのでは」というのは多少のずれはありながら、おおむねその通りに変化していきました。ゲームの次にマンガがきて、そしてアニメと音楽、いまやオーディオ・ラジオ・テレビから、さらには不動産やまちづくり、SDG領域にまで10年前からエンタメが格闘してきた「ゼロイチでファンをつくり、ファンと向き合い続ける」ことのノウハウを求める声が引きも切りません。

 エンタメは避雷針のように、最も先端で稲妻の衝撃を受ける。ただしそれは決して破壊されることがない。なぜならもともとはゼロだから、どれだけダメージを受けても、それは決定的なものにはなりえない。  2000年にダニエル・エクがSpotifyを始めた時に「無料音楽ストリーミング」は、「無料」と聞いただけで音楽レーベルは門前払いをし、唾でも吐きかけるかのようにSpotifyを邪険に扱いました。2010年にガチャをベースとしたマネタイズを展開したDeNAは業界からは白い目で見られていたし、2015年にマンガアプリ「GANMA!」を一から展開したセプテーニもあんなものはうまくいかないと笑われていました。2020年のコロナがなければNFTもVRもメタバースもそのリアリティが一般に浸透するのは5~10年も先だったでしょう。

 人を楽しませたいというクリエイターの純粋な思いは、実はものすごく未来を見通すことと親和性が高いのです。だからスティーブ・ジョブスはアップルに返り咲く前にも10年以上にわたって赤字のピクサーを支援し続けたし、ティックトックもメタもクリエイターズファンドをつくって創り手を尊重し続けます。人を楽しめるコンテンツづくりそのものが、非常に未来志向で先進的で、革命的なものなのです。

 全100回にわたって「世界でエンタメ三昧」を読んでいただき、ありがとうございました。カナダはいまでも大好きですし、いつかまた住みたいと思っています。トロントやモントリオール、バンクーバーにもまた足を運べる日をずっと心待ちにしております。

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TV・マンガ・ゲーム・アニメ・映画・音楽業界で80~90年代に日本を牽引した第一人者へのインタビュー。当時の日本にあって今にないものは何か、について分析しています