文化的ジェノサイド・先住民族の基本的人権・ 気候変動 スッキリしたいカナダの課題|特集「いろいろスッキリしたい」

本文=菅原万有 企画・編集=TORJA編集部

1.カナダ先住民の子供たちの文化的ジェノサイド(民族大量虐殺)とその負の遺産

 2021年、COVID-19の大流行とその経済的影響に加え、カナダは気候変動の影響など、数多くの課題に直面した。その中でも特に注目を集めたのは、カナダ政府による先住民に対する歴史的な迫害だろう。

 カナダは建国当初から、政府は寄宿学校の強制、先住民の権利剥奪などありとあらゆる手を尽くし、先住民に暴力を強いてきた。その中でも、先住民の同化政策はカナダの歴史上における深刻な悲劇である。今年5月、カナダのブリティッシュ・コロンビア州にあるカナダ最大規模の寄宿学校の一つである、カムループス・インディアン・レジデンシャル・スクールの跡地で1200基以上の無縁墓が発見された。

 寄宿学校の生存者たちは、長らく先住民が受けた暴力について語ってきていた。だが、このニュースが明るみに出たことによって、カナダ政府に対する真実を明らかにし、先住民に対する扱いを見直し、何が起きたのか説明責任を果たすように求める声が世界的に広がった。衝撃のニュースが明らかになってから、約半年経つ。カナダは「脱植民地化」された未来へと切り替わる転換期にあるのか、それとも植民地支配の歴史とその負の遺産は、現代へと引き継がれているのだろうか?

寄宿学校による先住民の子どもたちの「白人化」

 カナダ政府は、1800年代後半から1990年代にかけてカトリック教会の支援を受けながら、15万人以上のファースト・ネーション、イヌイット、メティスの子どもたちを強制的に寄宿学校(レジデンシャル・スクール)に通わせていた。それは、同化政策という名の暴力的な先住民族の「白人化」だった。

 先住民の子供たち(中には3歳の子ども)は、親の許可なく家から連れ出され、国中の寄宿学校に預けられてた。彼らはキリスト教への改宗を強いられ、母国語や文化を奪われ、心理的、身体的、性的虐待、栄養失調や武器の放置といったネグレクトなどの残虐行為を受け、6千人近くが亡くなったとされている(実際の数はさらに多いとみられている)。真実和解委員会(TRC)と呼ばれる連邦政府の制度に関する調査委員会は、2015年にカナダの寄宿学校制度は「文化的ジェノサイド(民族大量虐殺)」に相当すると結論づけた。

「国民真実と和解の日」

 無縁墓の発見を受け、ジャスティン・トルドー首相は、毎年9月30日を「国民真実と和解の日」と定めた。これは先住民でないカナダ人が国の過去を知り、現在も先住民がどのように扱われているかを考える機会となることを意味するものである。

「私たちは皆、寄宿学校の歴史と遺産について学ばなければなりません。これらの厳しい真実と向き合い、過ちを正すことによってのみ、私たちはより前向きでより良い未来に向かって共に前進することができます」と、トルドー氏はカナダ初の「国民真実と和解の日」にて、声明で述べた。

 トルドー首相は、先住民のコミュニティーがより多くの無縁墓を見つけ、この制度の永続的な被害に対処するための資金援助やその他の支援を約束した。今年12月、カナダ政府は、同国の居住学校で子ども時代に虐待に直面した先住民族への補償と長期的な改革を実施するため、約400億ドル相当の資金を確保すると発表した。これは、カナダ政府、Assembly of First Nationsなどの間で数週間にわたる交渉の末に実現し、補償計画にはまだ正式な合意と司法の承認が必要とされる。

 しかし、先住民族の団体とその擁護者たちは、カナダ政府はこれまで真実和解委員会の「行動要請」のほとんどを実施できておらず、現在の政策がカナダの先住民族の子どもたちに被害を与え続けているとも述べている。また、先住民族の団体らは、1996年に最後の寄宿学校の扉が閉じられたものの、その影響は内面化された恥辱から、里親制度で続く家族の分離まで、さまざまな形で受け継がれちると述べている。

 また、先住民のコミュニティーは、子どもたちの遺骨が初めて発見されて以来、カトリック教会に対し、居住学校に関するすべての記録の公開を求め、連邦政府と教会、そしてまだ生きている虐待者個人を刑事告発するよう要求している。しかし、CBCニュースの報道によると、そのうちの何人かは、関連文書を持っている可能性があることを認めたが、それを共有することを拒否している。

2.今なお尾を引く植民地支配コースタル・ガスリンク・パイプライン問題

 カナダでは、現在も先住民族の基本的人権が著しく侵害され続けている。先住民族の団体らは、寄宿学校での生活で受けた残虐行為によるトラウマが、のちに先住民族のコミュニティーにおいてアルコールや薬物への依存症が蔓延する原因になったと指摘している。こうした現実は、先住民の貧困、ホームレス問題とも絡みあっており、寄宿学校での民族大量虐殺を含む植民地支配の歴史は、現在も先住民族の人権の軽視につながっている。

 今も尾を引く植民地支配の例として、カナダのガス開発の現場で深刻な先住民族の権利侵害や環境破壊を起こしている、日本の官民も関わっているコースタル・ガスリンク・パイプライン問題が挙げられるだろう。これは、三菱商事やロイヤル・ダッチ・シェルが出資し、液化プラントと輸出ターミナルを建設する事業であるLNGカナダ事業が、ブリティッシュ・コロンビア州北東部モントニーで採掘したガスをコースタル・ガスリンク・パイプラインで運搬し、アジア市場に輸出するという計画である。

 先住民族の権利は、カナダの最高裁判所でも認められ、先住民族ウェットスウェテン(Wet’suwet’en)の伝統的酋長らは、土地に対して権利を持つと認められている。それにもかかわらず、パイプラインを建設するコースタル・ガスリンク・パイプライン社は、先住民族の「自由意思による事前の十分な情報に基づく同意」を取得せず、また、カナダ政府も採択している「先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)」の11条(文化的伝統と慣習の権利)に明らかに違反し、パイプライン建設を続けている。

 今年8月にはパイプライン事業者が、Wet’suwet’enの遺跡がある地域での工事を先住民族の同意なしに開始し、遺跡内の遺物も先住民族の同意なしに回収していることが明らかになった。事業者は土地改変許可を得たとしているが、先住民族はこの土地改変に同意してはおらず、先住民族にとって土地、文化、伝統l歴史の破壊に他ならない。

 先住民族Wet’suwet’enは、彼らが伝統的に利用してきた土地や水源を守るために、今日もカナダのブリティッシュ・コロンビア州で進められているガス開発事業に対して、反対の声を上げ続けている。しかし、抗議の声をあげている先住民族や、平和的なデモを行うその支持者が相次いで逮捕されており、殺傷能力のある武器で重武装した現地警察が派遣され、暴力が行われていることが明らかになっている。

 脱植民地化されたよりよきカナダでの未来へと舵を切るには、コースタル・ガスリンク・パイプラインとLNGカナダ事業に関与する公的機関と企業は、これ以上、先住民族の権利や人権の侵害に加担しないようにただちに事業からの撤退をすべきである。カナダ在住の日本人の読者も、カナダの移住者・入植者としての自覚を持ち、カナダの暴力的な歴史の延長線上にあるこの現実について、あらためて考える必要があるだろう。

3.カナダ全土に相次ぐ異常気象 2022年、気候変動政策がカナダ連邦政府の主要な課題に

 気候変動は、カナダと世界が直面する長期的な最大の脅威の一つである。今年、カナダでは壊滅的な洪水、広範囲に及ぶ山火事、容赦ない熱波、強力な竜巻などが更に増加し、カナダ全土がかつてないほどの異常気象に見舞われていることを明確に物語った。科学者たちは、気候変動とより頻繁で深刻な気象現象との間に明確な関係を示している。2022年、気候変動政策はカナダ連邦政府の主要な課題となるだろう。

 2019年、カナダ環境気候変動省が、同国の気候変動の状況と原因、今後予測される変化について独自に科学的な分析を行った報告書によると、カナダは世界平均の2倍で温暖化しており、激しい山火事シーズンと洪水の増加を招いていることを示している。報告書は、同国の気候が人間活動による世界的なCO2排出の影響で温暖化していることを示しており、広範な温暖化の影響が国内多くの地域に顕在し、近い将来その激しさが増すとも予測している。

 カナダでは、山火事が毎年のように発生しており、特に今年6月末は、カナダはかつて経験したことのないほど気温が上昇した。6月には山火事が相次ぎ、壊滅的な被害を受けているブリティッシュ・コロンビア州リットンでは49・6℃という記録的な高温が記録し、カナダ史上最悪の気象現象となった。そのわずか1日後である6月29日には、村の90%が山火事で失われ、2人の死者と1200人の住民が避難した。

 また、11月13日、COP26で約200カ国がグラスゴー気候協定に合意したなか、ブリティッシュ・コロンビア州の南海岸を巨大な暴風雨を襲った。この暴風雨により少なくとも6人の命が失われ、数千人の避難者が出、数百人が家を失うという悲劇が起きた。また、地域全体に重要なインフラの破壊と財産の損害をもたらし、その復旧には数十億円の費用がかかると予想されている。

 カナダ政府は連邦政府の適応プログラムに数十億ドルを投資し、気候変動に強い建物やインフラの規範を開発し、植林、海岸線の修復、湿地や湿原の保護と拡大といった気候変動対策を進めてきている。また、災害軽減・適応基金を通じて、沿岸浸食などの気候変動の脅威から全米のコミュニティーを守るための69の大規模インフラプロジェクトに19億ドル以上を拠出している。

 トルドー首相は、西部諸州の洪水からの復旧管理を支援するために連邦委員会を結成し、同委員会が気候変動による将来の異常気象に備えた対策を講じることに期待を表明している。しかし、首相は環境問題にコミットする姿勢とは反し、議案に化石燃料使用に関する問題を含める姿勢を見せておらず、アルバータからブリティッシュ・コロンビアまで原油を輸送するための数十億カナダドル規模のコースタル・ガスリンク・パイプライン建設を最終的に承認しているため、矛盾が指摘されている。

 カナダは厳しい気象現象の頻度が増加していることから、今後、温室効果ガスの排出を削減し、気候変動の危険な影響を回避するための行動を取ることが重要となるだろう。新年を迎えるにあたり、カナダは安全な気候の未来を築くための対策を取るか、それとも問題から目を逸らし続けるかの選択を迫られることとなる。