第4回 高齢者サポートの醍醐味と勧め|カナダで暮らす日本人のための医療お役立ちコラム

カナダ邦人医療支援ネットワーク「JAMSNETカナダ」提供

 看護師仲間が集まって自己紹介をすることがあります。「どこの科で働いているの?」「あー私、脳外科」「おー!」「私は移植科」「へー!」「私はオペ室」「すごー!」「あ、えっと、私高齢者施設」「…」毎回100%その場を静まらせ、気まずくなり、私の心はどこか隠れる場所を探すことになります。高齢者看護って、世間の印象では地味なんでしょうね。でも、私は高齢者サポートの世界にもうかれこれ30年近くいます。そして毎日が楽しくてしかたないんです。とても充実した仕事場です。

 どうしてこんなに長く続けられたかといいますと、まずきっかけはPSW(パーソナルサポートワーカー)として実習に出た日にさかのぼります。

 私に割り当てられたおばあちゃんは100歳でした。目が見えず、耳も遠くなりもう聞こえていないと言われていました。認知症も重なり、意思疎通が出来ず、スタッフたちもちょっと敬遠しがちな様子でした。自分で動くことも出来なかった彼女は、食事も全介助が必要でした。学生だった私は、何事も全て教科書に書いてある通り、習ったとおりに行うよう指導されていましたから、配られたランチのメニューを横に置き、トレイの食べ物をスプーンですくっては、一つ一つ説明して彼女のお口に運んでいました。周りの介護士たちには、「あなたそんなことしてたら日が暮れるわよ!」と言われましたが、そこは実習第1日目の新人、真面目にそれを続けていました。そして、最後のデザートを食べ終わったときにそれは起こりました。そのおばあちゃんが、はっきりと発語できない中で、でも確実に「サンキュー」と一言私に向かって言ってくれたのです。

 この感動はとても大きく、きっとサリバン先生がヘレンケラーと初めて意思疎通ができた時もこんな感じだったろうかと想像しました。この経験は30年たった今でも私の心に残り、それが高齢者サポートにとどまり続ける源になっています。

 現在私が働いているモミジヘルスケア協会は主に日系高齢者のヘルス、ウェルネス、そして自立した生活を保つためのサポートをその使命の一つとしています。ここでPSWとして働き始めてから本日にいたるまで、毎日楽しく充実した気持ちは底なしの泉というと信じてもらえないかも知れませんが、心からそう思うんです。

 この高齢者サポートを一生の仕事だと感じるもう一つの理由、それは高齢者の方々に毎日励ましてもらっているからにほかなりません。身体的なお手伝いは提供させていただく立場なのですが、私の心と気持ちを思いやってくださるのは私の皆さんへのそれよりも、逆に高齢者の方々からの方が深く、優しいのです。

 彼らは私よりも人生の先輩です。経験の量と質からいうと絶対的に私の方が未熟なんです。そんな大先輩からの言葉は、もしそれが愚痴っぽかったり、説教っぽかったりしてもなんか心にストンと入ってくるんです。癒しなんですよね。

 時にはその人の90年の総人生を聞くこともあります。それがなんか面白いんです。目の前のおじいちゃん、おばあちゃんが若いころにはブイブイ言わせるくらい美男美女だった事、武勇伝、そう、その人が主人公のミニ映画を見せられている感じです。

 認知症、これは皆が恐れています。でも認知症という病気にかかった方々も、その「心」は無くしていないんです。感情はそのままです。言葉が通じなくても心が通じた時、私は魔法を見たような気がします。この人、社会の前線にいた頃はどんな人だったのだろう。どんな生活をしてどんな料理を作り、どんな所へ旅行し、どんな苦労をしてきたんだろう、と思いを巡らせると、たまにタイムマシンに乗ってしまったような錯覚を覚えます。今目の前にいるこの人は仮の姿、昔はすごく活躍されていた人だったんだろうし、一生懸命生きてきた人なんだと思います。尊敬の念しかありません。

 モミジやカエデは秋になるときれいな色に熟し、陽の光に照らされたらキラキラ光りますよね。私たちはそれを愛でるためわざわざ遠くから足を運んだりもします。そこに価値があるからです。人間にも同じことが言えると思います。一生の終盤、秋容麗わしく熟し、美しく輝いているんです。

 私たち高齢者サポートに従事している人間は、その輝きを助けるのが使命だと思っています。もっと踏み込んで言うと、高齢者サポートとはその人の人生の集大成の時期を見守り、こういう人が、ここで、こういう人生を歩んできた、という存在の証人になることだと考えています。だから、一人一人のユニークな人生が愛おしいし、その人たちと接するのがそれぞれかけがえのない経験だと思っています。私は、そんな一人ひとりの高齢者の自立した生活をサポートする仕事に携われたことは幸運だと思っています。だから看護師たちの集まりには「分かる人にはわかるんだよね」と開き直りながらひっそりと参加しています。

岡田由佳 RN MScAH GNC(c)

【筆者紹介】 岡田由佳 RN MScAH GNC(c) 

 東京で生まれ、高校まで香川県と広島県で過ごす。カナダに移住後、介護士の資格を得る。その後カルガリー大学にて正看護師の学士、クイーンズ大学にて高齢者の健康学分野で修士を取得。カナダ看護師協会公認高齢者専門看護師。現在オンタリオ州スカボロー市にあるモミジヘルスケア協会(日系の高齢者の介護付き住宅)でケア部長を務めている。また、ジャムズネットカナダに所属する高齢者支援ネットワークの世話人を務め、日系高齢者のサポートを今後どう支えていくかについて模索中です。