第21回 認知症で現地語を忘れたらどうする?|カエデの多言語はぐくみ通信

第21回 認知症で現地語を忘れたらどうする?|カエデの多言語はぐくみ通信

 私も含め海外在住者は、老後も移住先で余生を送ろうと考えている人が多いと思います。しかし、もしかしたら認知症になって現地語を忘れるという現実が待っているかもしれません。自分は大丈夫と本当に言いきれるでしょうか。

病院や介護施設での問題

 近年、高齢化の影響を受け、認知症になった移住者が現地語を忘れ、病院や介護施設で、看護師や医師、介護士と十分なコミュニケーションを取れないということが問題になっています。

 カナダのグローブ・アンド・メール紙に、フランス語で認知症患者を支援するエレン・トランブレ・ラヴォワ・ファウンデーションの創設者、シルヴィー・ラヴォワさんに関する記事があります。シルヴィーさんのお母さんは晩年、流暢だった英語を忘れ、母語であるフランス語しか話さなくなったそうです。シルヴィーさんが住んでいたトロントには当時、フランス語で介護してくれる施設がなく、仕方なく往復4時間かかるウェランドの施設にお母さんを入居させたそうです。

 また、私の香港人の友人のお母さんは英語が全く話せなかったのですが、体調を崩しトロントの病院に入院しました。看護師がお母さんを理解できず、また徘徊もするため、最後はここでは書けない程かなり厳しい状況になりました。

 英仏語バイリンガル国家のカナダでさえ、フランス語での介護施設や介護職員が不足し、海外に大きなコミュニティーのある中華系でさえ、言葉が通じない施設での晩年はかなり厳しい状況になります。ならば、日系コミュニティーの小さい私たち日本人移住者が、認知症により現地語を忘れた時、日本語で介護してくれる施設も、日本語ができる医師や看護師、介護職員も圧倒的に不足しているという事態は予想できます。

子どもが親の言葉を話さない

 介護職員や医師が患者の話す言葉を理解しないということは、患者本人のQOL(生活の質)を著しく下げることになりますし、また、医療コストを上げることにも繋がります。同記事によると、患者が受診を先延ばしにしたり、患者の症状を理解できないことで医療行為が長引くからだそうです。

 日本語の場合はどうでしょうか。カナダを含む海外で超マイナーな日本語は、日本人移住者の子どもたちでさえも継承していない場合が多く、実の子どもでも、現地語を忘れた親とコミュニケーションができないという事態が十分考えられます。親の症状を把握して、医師や介護士に説明することができないのです。

 老後は日本に帰るという選択肢もありますが、愛する子どもたちと遠く離れ、自分だけ日本に帰ったところで、どれだけの親戚や友人が残っており、最後の時間を有意義に過ごすことができるのでしょうか。

 カナダで比較的日本人コミュニティーの大きいバンクーバーには、認知症になった日本人を日本語でサポートする「日本語認知症サポート協会」があるそうです。認知症や看取りについての情報交換会やエンディングノートの作成サポート、認知症患者の活動の場を提供しています。家族に任せるだけでなく、コミュニティ内の協力もとても大事なことだと思います。

継承語は親子の絆

 ツイッター上で「認知症になると外国語を忘れる」という話題が上がった時に、海外在住者の「うちの子は現地語しか話さないからどうしよう」、「うちの子は日本語が話せて良かった」というツイートを見かけました。これは予想し得る未来ゆえか、皆さんかなり真剣です。

 「親の介護のために子どもに日本語を教えよう」と考える親御さんはまずいないと思いますが、現実問題として、子どもが日本語を話さなければ親子の意思疎通ができないという将来が待っていないとも限りません。

 ただ、現在子どもが日本語を話さないからと言って、将来ずっと話さないということはありません。外国語(日本語)は幾つになっても学習することができます。たとえ流暢でない日本語であっても、子どもが親のために母語を話してくれることは、認知症の親にとって最大の癒しになるのは確かだと思います。

多言語での介護を期待

 私の子どもたちは、英語以外に日本語とフランス語を話します。そのうちの1人は医療従事者を目指しており、日本語やフランス語しか話せない患者や高齢者の助けとなれるでしょう。バイリンガルやマルチリンガル話者が増えることは、移民国家カナダに貢献した移民シニアを助けることにも繋がります。

 また、少子高齢化で労働力が不足した日本で働くために来日した外国人も、いずれ歳を取り高齢となります。それまで日本語が話せていても、いつかそれを忘れる日が来るかも知れません。移民を受け入れる国は、色々な場面で、母語しか話せなくなった高齢者をサポートする義務があると思います。

 その国の発展に貢献した移民シニアの晩年の幸せは、母語での医療・介護サービスができるかどうかにかかっているように思います。

参考: Globe and Mail, December 16, 2018
‘Long-term and dementia care urgently needed in mother tongue for multilingual patients, experts say’

「日本語認知症サポート協会」
http://www.v-shinpo.com/special/7403-special200319