第20回 子どもが親の通訳になるランゲージブローカー|カエデの多言語はぐくみ通信

第20回 子どもが親の通訳になるランゲージブローカー|カエデの多言語はぐくみ通信

 ランゲージブローカーとは耳慣れない言葉です。移住した国で、現地語がわからない親に代わって、言葉を話せ文化を理解するようになった子どもが、学校や社会のあらゆる場面で親やコミュニティーのために通訳をすることです。言葉を話せない親には子どもが頼みの綱です。しかし、子どもに多大なストレスを負わせることにもなりかねません。

親の通訳をする移民の子ども

 「ランゲージブローカー」とは「言葉で交渉をする(子ども)」という意味です。そのような子どもは世界中にいます。病院、学校、銀行や行政サービスで、現地の言葉を話せない移民の親が、子どもが9歳くらいになると通訳を頼むのです。移民の親は低賃金の仕事に就くことが多く、長時間働かなければならないので言葉を勉強する時間がありません。子どもは言葉の上達が早いので、幼くても、完ぺきでなくても、手っ取り早く親が子どもに頼るのです。

 「難民支援協会」のサイトに、ペルーから日本に家族でやってきたセサルさんの話があります。彼は12歳の時、3歳の弟が交通事故で大けがを負ったため、医師と親の間で初めて通訳をしました。セサルさんも日本に来てまだ半年。日本語も片言のうえ、母国語のポルトガル語でも医療用語などわからない年齢です。医師から弟が死ぬ可能性もあると聞かされ動揺する親は、セサルさんにちゃんと通訳するように言います。

 運よく弟さんは助かりましたが、親はその後も、日本に住む友人のためにセサルさんに通訳を頼み、また、ポルトガル語コミュニティーの知らない人も通訳を頼んできたそうです。その中には入国管理局や警察へ行ったりする役目もありました。セサルさんは現在、医療通訳を仕事にしています。

子どもは共感力と認知力が上がる

 セサルさんは、幸い自分の経験をキャリアに活かすことができました。子どもに通訳をさせることは、家族を助ける「お手伝い」と考えることもできます。ランゲージブローキングをして言葉と文化の仲介役をする子どもは、文化をまたいで広い視野も持ち、他人への共感力がつきます。ある研究では、親に対してそのような責任を持ち、且つ、それに「ストレスを感じない子ども」は、人の助けになることに誇りを持ち、認知力や精神力、対人関係で優れ、健康的であるという結果が出ました。

 また、シカゴのラテン系移民280人の小学6年生を対象にしたリサーチでは、ランゲージブローキングをする子どもは、リーディングと算数のテストの平均点が、通訳をしないモノリンガルの子どもに比べると高かったそうです。

深刻な心の病気になる可能性も

 ただ、良い面ばかりではありません。親の通訳になることは普通の「お手伝い」とは違います。親と子どもの立場が逆転して子どもが親の保護者になり、間違うと親の財産や人の命にかかわる責任があります。大人の世界の責任を子どもに負わせることは、子どもにとって大きなプレッシャーとなります。

 複雑な翻訳や通訳をすることに「ストレスを感じる子ども」は、親子の関係性に問題を抱え、暴力的になり、危険な行動をとったり、反社会的な問題を起こす可能性が高くなるそうです。また、飲酒や薬物に手を出す可能性もあります。家族間の絆が強い文化をもつ子どもほどストレスになる傾向が高いようです。家族は助けあって当然という文化が、子どもに重圧となるのでしょう。

 私は両親がカナダに遊びに来た時に、3か月間付きっきりで通訳をしたことがあります。親の通訳をすることは他の何よりも大変でした。親だから遠慮がなく、すべてのことが首尾よく進むことを期待され、少しでも間違うとすかさず文句を言われました。ランゲージブローカーの子どもは、通訳を間違ったら叱られたり、嫌でも断ることができなかったりする場合があるそうです。せっかく頑張ったのに叱られると心に傷を残すでしょう。

禁止を検討する国もある

 私たち夫婦は日本で結婚しました。夫は日本語をあまり話せません。場所や境遇が違ったら、もしかすると私も子どもに通訳をさせていたかもしれません。私がカナダに移住した理由の1つに、常に夫の通訳をしたり、面倒な書類や行政手続きの責任をすべて担うことに疲れたということがあります。小学生は無理でも、子どもが大きくなったら、私の代わりに時々夫の通訳をしてもらっていた可能性があります。

 子どもの権利に敏感な国では、子どもを守ろうという動きもあります。南米からの移民が多いカリフォルニアでは、15歳以下の子どもに通訳させることを禁止する法案が提案されました。法律にはなりませんでしたが、ランゲージブローカーの問題を表舞台に引っ張り出しました。オーストラリアでも同じような法案作成のため、リサーチがされています。

 私の周りでは英語を話せる移住者が多く、子どもに通訳をさせる人に会ったことはありません。しかし、カナダのエスニックコミュニティーにもランゲージブローカーはたくさんいるでしょう。外国人労働者が増え続ける日本も例外ではありません。家族やコミュニティー内に通訳を任せるのではなく、子どもの権利や健康を守るために、日本の行政にも通訳が必要な家族のためのサービスを充実させてほしいと思います。

参考: The Conversation, May 26, 2016
https://theconversation.com/migrant-children-are-often-their-parents-translators-and-it-can-lead-to-ill-health-55309
難民支援協会
https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/akanefutami01