「個性の強さは自分の強み」カナダ国立バレエ団 (THE NATIONAL BALLET OF CANADA) ・プリンシパル 石原古都さん(中編)|Hiroの部屋

アメリカ的な考え方が私の性格には合っている

前回からご登場頂いているのは、サンフランシスコ・バレエ団で経験を積まれた後、トロントを拠点としたカナダ最大の国立バレエ団である 「The National Ballet of Canada」にファーストソリストとして入団、昨年バレエ団の中で最高位とされるプリンシパルに昇格した石原古都さん。今回は石原さんのお人柄、トップクラスのバレリーナとしての私生活などにも触れて話を聞いていきたいと思う。

ヒロ: バレエ留学といってもサンフランシスコでは公立高校の授業を受けていたそうですが、語学で苦労することはありましたか?

石原: 世界から生徒が集まってくるのでインターナショナル専門のESL(English Second Language)のクラスが半年はあったんですよね。でもその後は、現地の生徒に混ざって同じ教材を使って同じスピードでクラスが進んでいくので語学は上達せざるを得なかったという感じですかね。もともと日本にいた頃からアメリカに行ったら語学上達のために日本人以外の人たちとコミュニケーションをたくさん取っていこうと決めていたのでそれは良かったです。最初は大変でしたが、半年ほどで慣れました。

ヒロ: お話を聞いていると10代で親元を離れて海外で生活を始めても「挫折した」とか「寂しかった」という言葉が出てきませんが、石原さんの性格を言葉で表すとすると?

石原: 変わり者ですかね。何も考えていない訳ではないですけど、何事にも「なんとかなるでしょう」という精神は昔からありました。深く考えすぎてやらないよりかはやった方がはるかに良い。それと周りからはサバサバしていると言われます。自分ではあまり思ったことはありませんが、たしかに自分のやりたくないことはやらないというのは子供の時からそうだったようです。

ヒロ: やっぱり上に行く人は、良い意味で一筋縄ではいかないというか、どこか人と違うところがないと難しいですよね。

 石原さんはトップダンサーとして、ロジカルに自分をコントロールされる方だなという印象があります。アメリカではご自分の性格に影響があったと思いますか?

石原: あったと思いますし、アメリカ的な考え方が私の性格には合っていると思いました。日本と違い、自己アピールが大切な世界に飲まれてしまい、日本に帰ってしまう日本人の子も多い中、これがアメリカのやり方なんだ!と気づいてからシフトチェンジしてその方法で出来たので私には合っているかもと思いました。サンフランシスコバレエ団に所属していた時は、特に個性の強いダンサーの集まりだったので最初の方はその中で自分が埋もれてしまい、どう個性を出していくかでもがいていました。しかし、それを乗り越えてから得た個性の強さは自分の強みになっていると思います。

サンフランシスコからカナダへ物事は起こりうるして起こる

ヒロ: ちなみに石原さんがお持ちの個性の強さが、カナダ国立バレエ団に呼ばれた理由だとお考えになりますか?

石原: カナダ国立バレエ団のバレエマスターが昔サンフランシスコ時代に一緒に働いていた人で。その人も個性の強いサンフランシスコバレエでずっと踊っていた人なので私と価値観が似ていて彼もカナダ国立バレエ団に来て、ダンスは綺麗だけど何か物足りないなと思っていたんだと思います。そんな時に、「スポットが空いているかもよ?」という話を頂いて、私もオーディションを受けてみようと思って来たのがきっかけです。やはり、彼とは似た考え方をしているので仕事をしていても楽しいです。

ヒロ: 9年という一般的には長い期間サンフランシスコバレエ団に所属していたと思うのですが、その間にほかのカンパニーに移籍したいと思ったことはありましたか?

石原: 何かが上手くいかなかったり自分の思うようにいかなかったりした時にカンパニーは一つだけではないのだからほかのところも視野に入れてもいいのでは、と何回かは思いました。でもサンフランシスコは高校時代から居ましたし、私の中でセカンドホームのようで友達も多いですし、土地も好きだったので簡単に移籍しようということもなかなか出来ませんでした。しかし、私の中で物事は起こりうるして起こると考えていて、今回は、話を聞いた時に「もしかしたら風向きがこっちに向いているのかな」と思い、思い切ってオーディションしたら受かったという感じですね。

 ヒロさんは2011年に独立された際はどのように物事が進んだのですか?

ヒロ: やはり美容師として経験を積んだら次のステップは自分のお店を持つという考えだったので近い将来、独立すると思っていました。そして場所や家賃などもイメージでき始めた時に、ちょうど当時の同僚たちからも共同経営を誘われて、これは一人で独立するよりも現実的な話だし、その同僚たちの仕事ぶりも好きで信頼していたので、一緒にやってみようと思いました。直感という感じよりは、現実的に視えていた感じでしたね。

3日休んだら感覚を取り戻すのに1週間かかる
石原さん(左)とヒロさん(右)
石原さん(左)とヒロさん(右)

ヒロ: トロントにいらして半年でコロナ禍になったと思うのですが、心持ちはどうでしたか?

石原: ダンサーとしては本当に大変な時期でした。3日休んだら感覚を取り戻すのに1週間かかると言われる中で、半年間、練習場にも行けず、身体もなかなか動かせなくてモチベーションを保つのが大変でした。プラス面を考えるとすると、コロナ前は忙しすぎて出来なかった自分の基礎を見直す時間が取れたのは良かったと思います。

ヒロ: 我々も合計で約11ヶ月間も営業出来なかったので大変でした。コロナ禍で新たな働き方を見つけた職種や業界もありますが、接客業やシアターには大打撃でしたよね。

(聞き手・文章構成TORJA編集部)
対談はサロンを貸切にし、撮影のため一時的にマスクを外して実施しています。

石原古都さん

 名古屋市出身。11歳よりクラッシックバレエを始める。2005年にThe Harid Conservatoryに留学。2010年サンフランシスコバレエ団にコールドとして入団。2015年ソリスト昇格。2019年カナダ国立バレエにファーストソリストとして移籍。

 サンフランシスコでのクラッシックバレエの主なレパートリーは“くるみ割り人形”金平糖、雪の女王、花のワルツリード、“眠りの森の美人”リラの精、フロリナ王女、ダイアモンド“ドン・キ・ホーテ”森の女王、キューピット、キトリの友人など。

 カナダ国立バレエでは1年目にAlexei Ratmansky振り付け“Piano Concert”、バランシン作品“Chaconne”、James Kudelka振り付け“Nutcracker 金平糖”、Jiri Kylian振り付け“Petite Mort”で主役に抜擢される。

 その他にもヌレエフバージョンの眠りの森の美人でフロリナ王女やジゼルのペザントパドゥドゥーを踊る。コロナの影響のためのオンラインシーズンでは眠りの森の美人のフィンガーフェアリーとバランシン作品のタランテラを踊る。